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令和3年(ワ)第2873号「食用畜肉塊の除毛装置」事件

名称:「食用畜肉塊の除毛装置」事件
特許権侵害差止等請求事件
大阪地方裁判所:令和3年(ワ)第2873号 判決日:令和6年5月30日
判決:請求認容
特許法70条
キーワード:特許発明の技術的範囲、構成要件充足性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/136/093136_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲に記載された「多角形」という文言について、多角形であることによる作用効果に鑑み、明細書及び図面に開示された凸多角形に限定解釈されず、被告製品の凹多角形も含まれるとして、被告による原告の特許権の侵害が認められた事例。

[本件発明]
A 豚足等の食肉塊と温水が投入される筒状容器と、
B この筒状容器内に回転可能に軸支された攪拌体とからなる水槽式除毛装置において、
C 前記筒状容器の内壁が平面視で多角形状に形成されると共に、
D 防錆処理された金属製で且つ少なくともその一部に粗地面又は凹凸が形成されている
E ことを特徴とする食用肉塊除毛装置。

[主な争点]
本件発明の技術的範囲への属否(争点1)

[裁判所の判断]
『(3) 構成要件Cの充足性(被告製品は「多角形状」の構成を有するか)について
ア 構成要件Cは、「前記筒状容器の内壁が平面視で多角形状に形成されると共に、」と規定しているところ、「多角形」の字義については「三つ以上の線分で囲まれた平面図形。内角がみな二直角より小さい多角形を凸多角形、そうでないものを凹多角形という。」とされており、「内角」の字義は「多角形の隣りあっている二辺が多角形の内部につくる角」である(甲7、広辞苑第六版。第七版も同じ。)。
本件発明に係る特許請求の範囲請求項1及び2の記載には、「多角形状」を更に特定するものと解される文言はない。
本件明細書には、「【図4】本発明に係る水槽の他の内壁形状を示す(a)は正八角形状、(b)は正六角形状にした場合の平面図である。」(【図面の簡単な説明】【0008】)との記載(【図4】については別紙「特許公報」参照)、「尚、水槽1は必ずしも円筒状である必要はなく、図4(a)(b)に示すように、少なくともその内壁面が八角形や六角形といった多角形状であれば、内壁面に粗地面又は凹凸Sを形成してもよいがしなくてもよい。」(【0012】)との記載があり、「多角形状」の例として「正八角形状」、「正六角形状」あるいは「八角形や六角形」と記載されているが、「多角形状」をこれらに限定する旨の記載はない。
また、本件特許の出願経過において、原告の拒絶査定不服審判の請求書(以下「本件審判請求書」という。)には、「内壁面が曲面ではなく、平面視で八角形や六角形といった複数の角ができる形状であれば、この内壁の内角Rの働きによって、豚足同士が互いに衝突し擦り合って畜毛が抜けるという曲面内壁では得難い効果が発揮されます。」との記載がある(乙4)。
以上によれば、構成要件Cは、筒状容器の内壁につき、平面視で八角形や六角形といった複数の角ができる形状であれば、この内壁の内角Rの働きによって、豚足同士が互いに衝突し擦り合って畜毛が抜けるという曲面内壁では得難い効果が発揮されるものとして、「多角形状に形成される」と規定したものであり、かかる効果が発揮されるのであれば、「多角形」を凸多角形又は凹多角形の一方に限定するものではないと解される。
イ 被告製品についてみると、証拠(甲9の2、甲13ないし17、20、乙3、15)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品は、筒状容器の内壁が、別紙「被告製品写真・図面」に示されるような、内角に二直角より大きいものを含む凹多角形状となっているものであるところ、かかる形状(特に突部9の働き)によって、豚足同士が互いに衝突し擦り合って畜毛が抜けるという曲面内壁では得難い効果が18発揮されることが認められるから(なお、後記ウ(ウ)も参照)、被告製品は、「筒状容器の内壁が平面視で多角形状に形成される」との構成を有し、構成要件Cを充足する。
ウ これに対し、被告は、以下のとおり主張するが、いずれも採用できない。
(ア) 被告は、構成要件Cにおける「多角形」との文言について、一般的な用語例や本件明細書に凹多角形の記載がないことからすると凸多角形を指す旨主張するが、前記イのとおり、構成要件の文言及び本件明細書の記載によっても、当業者において、「多角形」が凸多角形に限られると理解するとは認めるに足りない。
(イ) 被告は、原告が本件審判請求書において、請求項1を「(前記筒状容器)の内壁が平面視で多角形状に形成されると共に、」と補正した上、「内壁面が曲面ではなく、平面視で八角形や六角形といった複数の角ができる形状であれば、この内壁の内角Rの働きによって、豚足同士が互いに衝突し擦り合って畜毛が抜けるという曲面内壁では得難い効果が発揮されます。」などと記載したという出願経過に照らせば、「内壁が平面視で多角形状に形成される」が本件発明の唯一の特徴的部分であるといえるところ、「多角形状」には、多角形の角の数が多く円形(曲面)に近いものは含まれないと解釈すべきである旨、また、「角」の文言の通常の意味によれば内角が180度を超える凹多角形は含まない旨主張する。しかし、前記出願経過によっても、八角形や六角形は例示にすぎず、多角形から凹多角形が原則として除外されることになるとは解されないし、被告製品の構成が「多角形状」から除外されるとも認められない。さらに、「角」が物のはしのとがって突き出た部分をいうとしても、凹多角形が除外されるとは考え難く、構成要件Cにおける「多角形」が凸多角形又は凹多角形の一方に限定されるものとは解されない。
(ウ) 被告は、本件審判請求書の「この内壁の内角Rの働きによって、豚足同士が互いに衝突し」との記載からすれば、内角Rが180度未満である凸多角形が前提であり、内角Rが180度を超える場合は、豚足の回転の障害となってそこに豚足が衝突することになるから、「豚足同士が互いに衝突」する場とはならないこと、19被告製品は「内径方向に突出した上下に延びる突起9」を有し、豚足が突起9に衝突して生じた反動で豚足同士が擦り合うものであって本件発明とは作用効果が異なることを主張する。しかし、本件明細書上、内壁の内角部分において豚足同士が互いに衝突する必要がある旨の記載はない。「内壁の内角Rの働きによって」とする本件審判請求書の前記記載は、内壁の内角部分において豚足同士が互いに衝突しなければならないことを意味するものではなく、筒状容器に投入された複数の豚足が、底部に設置されている凹凸状の回転盤の回転によって、内壁面に衝突した後、内壁面が多角形状であることによる角(内角)の存在によって、不規則に内壁面から跳ね返り、豚足同士が互いに摺り合うことを意味するものと解される。そして、被告製品のように内壁面が凹多角形である場合にも、豚足は、内角の働きによって不規則に跳ね返り、凸多角形と凹多角形のいずれの多角形の内角であっても、同様の作用効果が生じることから、「多角形」は凸多角形に限定されず、被告製品のような星形多角形も「多角形」に含まれるものと解される。被告の主張は採用できない。
(エ) 被告は、「多角形状」との文言に、凹多角形も含むと解釈したならば、特開2007-89491号公報(乙7)に示されている公知技術(円筒型水槽の内壁が平面視で星形の凹多角形であるもの)を包含することになり、「多角形状」の唯一の特徴的部分が失われ、特許法29条1項又は2項の無効理由を有することになるから、本件発明の「多角形状」とは凸多角形に限られ、また、「八角形や六角形」といった本件明細書における例示の範囲内でなければならないと解釈されるべきである旨主張する。しかし、上記公知技術は、ハチノスと呼称される牛の第2胃のひだ内部まで自動洗浄可能で、且つ表面の薄皮剥離まで効率よく剥皮出来る洗浄機の発明に関するものであり、これとは異なる食用畜肉塊の除毛装置である本件発明において、「多角形状」との文言に凹多角形も含むと解釈するとしても、「多角形状」の特徴的部分が失われることになるとは解されない。
(オ) 被告は、フードパッカー津軽に販売された製品(別紙「被告製品個別写真」の写真①ないし③)、ミヤチクに販売された製品(同④及び⑤)及び佐賀畜産公社20に販売された製品(同⑥ないし⑨)につき、筒状容器の内壁の突部が丸みを帯びていて、「多角形状」に形成されていない旨主張する。しかし、角のアール(丸み)が全くなく尖った状態に金属加工を行うことが著しく困難であることは、当業者であれば理解可能であると解されるところ、前記各写真における筒状容器の内壁の突部が多少丸みを帯びているとしても、曲面に近いものとまでは認められない以上、「多角形状」であることは否定されないというべきである(なお、原告は、被告の主張は時機に後れた攻撃防御方法である旨主張するが、本件訴訟の審理経過に照らし、訴訟の完結を遅延させるものとまでは認められない。)』

[コメント]
本件特許の特許請求の範囲には「多角形」と記載されていたのに対し、明細書及び図面では凸多角形の実施形態のみが開示されていたため、「多角形」の文言が被告製品の凹多角形を含むのかが争いになった。
裁判所は、凹多角形であっても凸多角形と同様の作用効果を発揮できるため、「多角形」は凸多角形に限定されず、凹多角形も含まれる、と判断した。
明細書及び図面に開示されない実施形態であっても、作用効果の記載を根拠に、上位概念化されたクレームの文言に含まれると解釈された点は参考になる。
クレームの文言に対して作用効果が合致しているか(作用効果が広すぎたり、狭すぎたりしていないか)精査する必要性を改めて確認できる。発明の技術的意義を正確に理解した上で、作用効果を把握し、当該作用効果を奏する範囲と整合する文言を特許請求の範囲に記載することが重要である。

以上
(担当弁理士:小島 香奈子)

令和3年(ワ)第2873号「食用畜肉塊の除毛装置」事件

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