IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和5年(ネ)第10010号「機能水」事件
名称:「機能水」事件
特許権侵害差止等請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(ネ)第10010号 判決日:令和6年2月27日
判決:原判決一部取消
特許法29条1項2号、同条2項、126条1項ただし書、同条5項、同条6項、同条7項
キーワード:公然実施発明(引用発明)に基づく新規性欠如および進歩性欠如
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/902/092902_hanrei.pdf
[概要]
被控訴人製品は本件発明の構成要件を全て充足し、かつ本件発明は公然実施発明(引用発明)に基づく新規性欠如および進歩性欠如にはあたらないため、特許権者である控訴人の差止請求等が認められた事例。
[特許請求の範囲]
A 多価アミン及び/又はその塩を機能成分として含有し、水、多価アミン、多価アミンの塩の総含有量が95重量%以上である機能水であって、
B 前記多価アミンが、下記式(3’)
【化3】
・・・(略)・・・(3’)
で表される不飽和アミンに由来する構造単位を有するポリマー(式中、nは0又は1を示し、pは1又は2を示し、R7、R8、R9は水素原子を示す)のうち、重量平均分子量500~15000の、ポリアリルアミン又はジアリルアミン重合体であり、
C 前記機能成分の有する機能が、前記式(3’)で表される不飽和アミンに由来する構造単位を有するポリマーがポリアリルアミンである場合は、魚介類又は精肉の鮮度保持、魚介類又は精肉の熟成、植物の成長調整、切り花の延命、切り花の開花調整、害虫駆除、アニサキス防除、抗微生物、抗ウイルス、便臭軽減、血圧低下、体温上昇、及び口腔内環境の改善のうちの少なくとも1つであり、前記式(3’)で表される不飽和アミンに由来する構造単位を有するポリマーがジアリルアミン重合体である場合は、切り花の延命である
D 機能水。
[被告の行為]
被告は、少なくとも平成30年10月頃から、被告各製品を製造し、製造し、販売していた。
[主な争点]
(1)本件発明の技術的範囲への属否(争点1)
(2)公然実施発明(引用発明)に基づく新規性欠如の有無(争点2-1)
(3)本件訂正についての訂正要件違反による無効理由の有無(争点2-3)
[裁判所の判断]
『証拠(甲5、6)によれば、被控訴人製品のポリアリルアミンの重量平均分子量は『9470』であり、当審において提出された『特許6708764に関する分析(追加)―GPC法による分子量分布測定―』と題する書面(甲30。以下、単に『甲30』という。)によっても、被控訴人製品のポリアリルアミンの重量平均分子量は『5190』とされているから、これら数値は、いずれも本件発明の構成要件B(本件訂正後)に規定されたポリアリルアミンの重量平均分子量である『500~15000』の範囲内にある。
・・・(略)・・・
そうすると、これら被控訴人製品については、本件発明の構成要件Bに規定する重量平均分子量『500~15000』の範囲に属するから、構成要件Bを充足するものと認められる。』
『被控訴人製品の構成要件充足性について
構成要件Bのその余の要件についての充足性については争いがないから、以上によれば、被控訴人がメディカル社製の原材料を使用して製造した被控訴人製品は、構成要件AないしDに係る構成をいずれも充足する。」』
『公然実施発明(引用発明)に基づく新規性欠如の有無(争点2-1)について
乙18分析及び乙24分析の結果によれば、同分析対象物のポリアリルアミンの重量平均分子量は4.5×104であるところ、これは、本件訂正前の本件発明の構成要件Bの重量平均分子量の数値範囲である「500~50000」の範囲にはあるものの、本件訂正後の数値範囲である「500~15000」の範囲には含まれず、この点において本件訂正後の本件発明と公然実施発明(引用発明)とは異なるものである。
そうすると、本件訂正により、本件発明が、公然実施発明(引用発明)により新規性を欠如するということはできない。
以上によれば、被控訴人の上記主張は採用することができない。
なお、本件訂正後の本件発明についての特許法126条7項違反の無効理由の有無については、下記(3)で検討する。』
『(3) 本件訂正についての訂正要件違反による無効理由の有無(争点2-3)について
・・・(略)・・・
イ 本件訂正における各訂正要件について
(ア) 訂正要件の充足の有無
・・・(略)・・・
ポリアリルアミン又はジアリルアミン重合体の重量平均分子量の範囲を「500~50000」から「500~15000」と限定することで、特許請求の範囲を減縮しようとするものと認められるから、本件訂正は、特許法126条1項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものということができる。
また、本件訂正は、ポリアリルアミン又はジアリルアミン重合体の重量平均分子量の範囲を限定するものにすぎず、その対象等を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法126条6項にも適合するものである。
・・・(略)・・・
上記によれば、本件訂正に係る重量平均分子量「500~15000」との数値範囲は、本件明細書に記載の「重量平均分子量」の好ましい数値範囲である「500~50000」の範囲内のものであり、その上限値である「15000」は、実施例の数値として前記のとおり具体的に開示されているものということができるから、本件明細書等において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
そうすると、本件訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法126条5項に適合するものである。
これらによれば、本件訂正は、特許法126条1項ただし書、同条5項及び6項に適合するものである。
(イ) 乙18分析及び乙24分析における分析対象物である公然実施発明(引用発明)に基づく進歩性欠如の主張について
a 公然実施発明は、公然実施品の具体的な構成又は組成等に基づいて認定されるため、通常、その公然実施品自体に課題が記載されていることはなく、何らかの課題があることを認識することは困難であるから、公然実施発明に基づく容易想到性の有無を判断するにあたっては、公然実施品から出願日(優先日)当時の技術常識を前提にして技術的思想や課題を認識できるかどうか、その構成又は組成を変更する動機付けがあるか否かを検討すべきである。
b 公然実施発明(引用発明)は、本件特許の優先日前の平成30年10月から製造販売された製品である「無限七星FISH」に係る発明であり、当該製品に含まれる成分を分析することにより、分析対象物の含有成分はポリアリルアミンであること(乙18分析)、その重量平均分子量は、4.5×104であること(乙24分析)が判明したとするものである。そうすると、本件発明と公然実施発明(引用発明)は以下の点で相違する。
「本件発明においては、ポリアリルアミン又はジアリルアミン重合体の重量平均分子量が『500~15000』であるのに対し、公然実施発明(引用発明)においては、ポリアリルアミンの重量平均分子量が『45000』である点」
前記のとおり、公然実施発明(引用発明)は、「無限七星FISH」という製品に関し、当該製品に含まれる成分を分析することにより、含有成分がポリアリルアミンであり、その重量平均分子量が4.5×104であることが判明したにすぎないものであるから、当該製品自体に、何らかの課題があることを認識することはできないものである。また、この公然実施発明(公然実施品)における構成又は組成について、技術的思想や課題を認識できるような、本件優先日当時の技術常識があった旨の証拠もない。そうすると、本件優先日当時の技術常識を前提として、これらを変更する何らかの動機付けがあったともいえない。
したがって、公然実施発明(引用発明)において、その含有成分であるポリアリルアミンの組成に着目し、重量平均分子量等の物性をあえて変更することについて動機付けがあるとはいえないから、重量平均分子量が「45000」であるポリアリルアミンを、重量平均分子量が「500~15000」であるポリアリルアミンに置換することを、当業者が容易に想到できたとはいえない。
以上によれば、本件発明が、公然実施発明(引用発明)に基づき、容易に想到し得たとはいえず、本件訂正後の本件発明が進歩性を有しないものとは認められず、独立して特許を受けることができないものとも認められない。
・・・(略)・・・
(ウ) 甲5及び甲6の分析対象物である公然実施発明に基づく新規性欠如の主張について
被控訴人は、前記第2の3⑶〔被控訴人の主張〕オのとおり、本件優先日前に公然実施された「無限七星FISH」の成分は、甲5及び甲6の分析対象物の成分と同一であり、甲6に分析対象物の重量平均分子量が「9470」であることが示されていることは控訴人が指摘するとおりであるから、本件発明は、本件優先日前に公然実施された発明と同一であり、新規性を有していない旨を主張する。
しかし、既に検討したとおり、甲5及び甲6の分析対象物である被控訴人製品は、被控訴人がメディカル社製の原材料を用いて製造したものであると認められるところであり、これが旧ATW及び現ATWと同一性を有する旨の被控訴人の主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。
したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。
(エ) 小括
以上のとおり、本件発明は新規性ないし進歩性を欠如するものではないから、特許法126条7項に定める独立特許要件も満たすものであり、本件訂正が訂正要件に違反してされたものとも、本件訂正後の本件発明が、新規性ないし進歩性欠如の無効理由を有するものともいえないというべきである。』
『2 結論
よって、上記と異なる原判決は相当でないからこれを変更することとして(主文第1項)、主文のとおり判決する。』
[コメント]
訂正審判により、本件発明の、ポリアリルアミン又はジアリルアミン重合体の重量平均分子量が『500~15000』に変更になったため、ポリアリルアミンの重量平均分子量が『45000』である公然実施発明(引用発明)に基づく新規性欠如の主張が認められなかったのは当然であろう。そうすると、被控訴人は公然実施発明(引用発明)に基づく進歩性欠如の主張をすることになるが、公然実施品自体に課題が記載されていることが、常識的には考え難い。本判決を考慮しても、基本的に、公然実施発明(引用発明)に基づく進歩性欠如の主張は困難と思われ、主張する場合は、本件発明との相違点を採用することが容易であることを十分に示す証拠(技術的常識を示す文献など)収集が非常に重要となる。
以上
(担当弁理士:山下 篤)
令和5年(ネ)第10010号「機能水」事件
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