IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和4年(ワ)第9112号、令和4年(ワ)第11173号「微細粉粒体のもれ防止用シール材」事件
名称:「微細粉粒体のもれ防止用シール材」事件
損害賠償請求事件
大阪地方裁判所:令和4年(ワ)第9112号、令和4年(ワ)第11173号 判決日:令和6年8月22日
判決:請求棄却
特許法70条1項、2項
キーワード:構成要件の充足性、技術的範囲の解釈、技術常識の参酌
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/329/093329_hanrei.pdf
[概要]
糸の太さの比較に断面積を用いることは文言の一義的な意味に反し、当業者の技術常識にも合致しないものであるから、被告製品について構成要件の充足が立証されたとはいえないとして、侵害の成立が否定された事例。
[本件訂正発明1]
1A 微細粉粒体を担持する回転体の外周面にパイルを摺接させながら軸線方向へのもれを
防ぐ、画像形成装置における微細粉粒体のもれ防止用シール材であって、
1B 多数の微細長繊維を束ねて構成されるパイル糸が基布の表面に切断された状態で立設
されるカットパイル織物を主体とし、
1C カットパイル織物は、地糸の経糸または緯糸の径がパイル糸の径よりも細くされてお
り、経糸と緯糸の径が同じ、もしくは経糸と緯糸が異なる径を用いてパイル織りされ
た織物であり、
1D パイル糸は、基布の製織方向の少なくとも一方に平行な方向に沿うように配列され、
該基布の表面に対して、該配列の方向から予め定める角度θだけ開く方向に傾斜する
斜毛状態で、パイル糸を構成する多数の微細長繊維が分離してパイルが形成され、か
つパイル間のピッチが狭められるように毛羽立たされており、
1E 使用状態では、回転体の回転方向に対し、該配列の方向が該予め定める角度θよりも
大きな角度φをなすように、該配列の方向を該回転方向に対して傾斜させることを特
徴とする
1F 画像形成装置における微細粉粒体のもれ防止用シール材。
[主な争点]
争点1 被告製品が、構成要件1Cの構成(地糸の経糸または緯糸の径がパイル糸の径より
も細くされており)を備えるか
争点3 被告製品が、構成要件1Eの構成(使用状態では、回転体の回転方向に対し、該配
列の方向が該予め定める角度θよりも大きな角度φをなすように、該配列の方向を
該回転方向に対して傾斜させる)を備えるか
[裁判所の判断]
1.争点1について
『本件明細書の発明の詳細な説明のうち、【課題を解決するための手段】(【0008】から【0023】まで)には、経糸、緯糸、パイル糸の「径」を認識する方法及び経糸又は緯糸の径がパイル糸の径よりも細くされることについての技術的意義に関する記述はない。
・・・(略)・・・
【0043】(同)には、「図4および図5では、パイル糸4として、地経糸21および地緯糸22よりも太い径の使用する例を・(中略)・示す。パイル糸4としての径を太くすることによって、多数の微細長繊維を含ませることができ、繊維密度を高めることができる。」との記載がある。
・・・(略)・・・
上記本件明細書の記載からは、経糸、緯糸、パイル糸の「径」を認識する方法は見当たらず、また、経糸又は緯糸の径がパイル糸の径よりも細くされることについての技術的意義に関する記述はない以上、そこから上記の「径」を認識する方法を推測することもできない(原告は【0043】の記載を指摘するが、パイル糸に「多数の微細長繊維を含ませる」ことと、基布の経糸又は緯糸の繊度(太さ・細さ)との関係は不明というほかない。)から、これらは当業者の理解する技術常識によって決すべきこととなる。
イ この点、繊維の形態的な太さは、一般的にその断面が不規則な形状を示しているので、正確な計測は困難であり、したがって、一定の長さ当たりの重量で繊維の太さが示されているとされ、また断面の形状にあっては、天然繊維の形状は、それぞれ特有の形をしており、化学繊維は、その形状も人為的に自由につくることができ、断面は主として紡績方法によって決まり、円形・だ円形その他複雑なものもある、とされている(乙4。三訂版「繊維」(昭和61年刊行))
・・・(略)・・・
他方、前記のとおり、糸は繊維の集合体であって、繊維の断面は一般的に不規則な形状を示すものであるから、少なくとも、「径」の大小の比較に、「断面積」(空隙を除外するかどうかを問わない)を用いることはできないものと解される。この点、原告は、糸の太さを断面積で表すことが当業者にとって一般的な手法となっていたとしてその旨の証拠(甲25から27まで)を提出するが、それらは口輪筋線維、等方性黒鉛材料の気孔、血管について画像解析により断面積を測定した例にすぎず、技術分野が全く異なるもので、原告主張の事実は認めるに足りない。
(3)構成要件1Cの充足の検討
ア 原告は、各糸の径は糸の断面積を測定することにより比較判断することが可能であり、かつこれを製品状態で測定すべきものとした上で、かかる測定方法を採用した測定結果を証拠(甲19の1・2)として提出する。
この測定は、被告製品のシール材に対し、接着剤を滴下して浸み込ませ、乾燥後、養生テープで固定し、パイル糸の配列方向に対し垂直となるように、シール材に金尺を当てて、カット治具である剃刀刃を沿わせて一回のスライスにより切断し、断面画像を撮像した上、該画像を解析して、緯糸とパイル糸の断面積を求めるというものである。
イ しかし、本件訂正発明1の構成要件1Cは、糸の「径」の大小をその要素としており、糸の太さの比較に断面積を用いることは文言の一義的な意味に反し、また前述の当業者の技術常識にも合致しないものである。
・・・(略)・・・
ウ そうすると、甲19号証の1・2によって、被告製品について構成要件1Cの充足が立証されたということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。』
2.争点3について
『(1)使用状態の意義について
原告は、構成要件1Eの「使用状態」につき、変遷を経て、「微細粉粒体もれ防止用シール材がトナーカートリッジに設置されて現像ローラもしくは感光ドラムが回転している状態」と特定した。
(2)被告の実施行為について
前提事実によると、被告らは、被告製品を製造し、キヤノンないしその関連会社に販売する行為をするにとどまっている。
そして、キヤノンないしその関連会社が製造するトナーカートリッジに被告製品がどのように設置されるかについて被告らが関与していること、より具体的には、構成要件1Eの回転方向に対する角度φと配列方向に対する角度θの関係を踏まえてカートリッジに設置する行為を被告らがしていることを認めるに足りる証拠はない。
原告は、被告らは、トナーカートリッジに対する取付位置(ブレードの両端のいずれに取り付けるシール材か)、及び回転体の回転方向に対する取付方向を正しく理解して、被告製品を製造・販売していると主張するが、かかる事実のみで被告らがキヤノン及びその関連会社と共同して構成要件1Eに係る実施行為をしたことになると評価できるかはともかく、かかる事実を認めるに足りる証拠もない(原告は、自らもキヤノンのプリンタ用シール材の調達先であることを自認しており、この立証に格別の困難があるとも解されない。)。
・・・(略)・・・
(4)小括
以上のとおり、被告製品が構成要件1Eの構成を備えるとの原告の主張は、前提を欠くか、理由がない。』
[コメント]
カットパイル織物を形成する糸の径(断面の直径)は、ノギスなどの一般的な器具で測定することが困難であり、その大小に関する構成要件1Cを被告製品が充足するかについて争われた。原告は径の比較を断面積の比較によるべき旨を主張したものの、「径」の大小について「断面積」を用いることは文言の一義的な意味に反し、当業者の技術常識にも合致しないとして、裁判所によって退けられた。
本件明細書には、糸の径の大小関係についての技術的意義に関する記述が見当たらず、このことが、径を認識する方法を推測できないとする理由の一つに挙げられている。何か事情があったのかもしれないが、当初の請求項1で特定している構成である以上、その技術的意義について記載しておくことが無難であり、技術的意義に乏しい構成なのであれば請求項1での特定を避けるべきであった。尚、原告は【0043】の記載を指摘したが、裁判所は、地糸の径の大小との関係は不明というほかない、と指摘している。
本事例から得られる教訓として、「径」のような一見してシンプルな構成であっても、実際の製品から把握できない可能性があることは、肝に銘じるべきであろう。そのためには、実際の製品に基づいて各構成要件の充足を立証できるか否か、当業者(発明者)と十分に協議することが必要である。また、実際の製品から把握できない可能性のある構成は避けた方が無難であるが、もし採用する場合は、立証できる可能性が高い別の構成(繊維の太さ・細さであれば、メートル番手やデニールなど)で特定した請求項をオプションとして別途に設けておくことも一案である。
構成要件1Eについては、シール材をカートリッジに設置する行為まで被告らが関与していないことに照らし、原告の主張が退けられた。回転体の回転方向との関係を定めるために「使用状態」で特定したものと推察するが、結果的に立証の障壁になってしまった。製品状態(≠使用状態)のシール材を対象として特定することができていた場合は、また違った判断になっていたと思われる。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)
令和4年(ワ)第9112号、令和4年(ワ)第11173号「微細粉粒体のもれ防止用シール材」事件
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