IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和5年(ネ)第10053号「金融商品取引管理装置、金融商品取引管理システム、金融商品取引管理システムにおける金融商品取引管理方法」事件
名称:「金融商品取引管理装置、金融商品取引管理システム、金融商品取引管理システムにおける金融商品取引管理方法」事件
損害賠償請求控訴事件
知財高裁:令和5年(ネ)第10053号 判決日:令和6年7月4日
判決:原判決一部変更
特許法102条1項、同条2項、同条3項
キーワード:損害額の認定、102条2項による推定の覆滅
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/316/093316_hanrei.pdf
[概要]
特許権者である原告は本件発明を実施する能力を有しないものの、その子会社が本件発明を実施しており、原告の管理及び指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業が遂行されていたと評価できるとして、102条2項の適用が認められた事例。
[事件の経緯]
(1)原告は、特許第6154978号の特許権(本件特許権)について被告に対し被告サービスの差止めを求める訴訟(平成29年(ワ)第24174号)を提起したところ、差止請求を認容する旨の判決がなされた。これに対し、被告が控訴(平成30年(ネ)第10085号)したが、請求棄却された。
(2)被告は、本件特許について特許無効審判(無効2018-800057号事件)を請求したが、特許を維持する旨の審決がなされた。これに対し、被告は、審決の取消しを求める訴訟(平成31年(行ケ)第10056号)を提起したが、請求棄却された
(3)原告は、本件特許権について被告に対し損害賠償を求める訴訟(令和2年(ワ)第17104号)を提訴し、102条3項に基づく実施料相当額の損害金が認められた。原告および被告は、原審を不服として本件訴訟を提起した。
[主な争点]
特許法102条2項の適用の可否(争点2-2-1)
特許法102条2項に基づく損害額(争点2-2-2)
特許法102条3項に基づく損害額等(争点2-3)
[裁判所の判断]
『第4 当裁判所の判断
・・・(略)・・・
5 争点2-2-1(特許法102条2項の適用の可否)について
(1) 特許法102条2項の適用の可否について
ア 特許法102条2項は、「特許権者…が故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者…が受けた損害の額と推定する。」と規定する。同項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の塡補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。そして、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、同項の適用が認められると解すべきである(知財高裁平成24年(ネ)第10015号同25年2月1日特別部判決、知財高裁平成30年(ネ)第10063号令和元年6月7日特別部判決)。
イ これを本件についてみると、1審原告の完全子会社(株式会社マネースクエア)はFX事業を提供しており、「トラリピ」という名称の原告サービスを提供しているところ、証拠(甲30)によると、トラリピとは、イフダン(新規と決済を同時に発注する注文)に、リピート(注文を繰り返す機能)とトラップ(一度にまとめて発注できる仕組み)を搭載したFXの発注管理機能をいい、トラリピの専用機能として「決済トレール」(決済価格が値動きのトレンドを追いかけることで、利益の極大化を狙う機能)があることが認められ、被告サービスと競合するものであるといえる。そして、原告サービスを提供しているのは1審原告の完全子会社であって、特許権者である1審原告とは別法人であるものの、1審原告は、原告子会社の株式の100%を保有し、会社の目的や主たる業務が子会社の支配・統括管理をすることにあり、その利益の源泉が子会社の事業活動に依存するいわゆる純粋持株会社である(甲33。以下、持株会社である1審原告と原告子会社を併せて「1審原告グループ」ともいう。)。そうすると、原告子会社は、1審原告のグループ会社として持株会社の保有する多数の特許権を前提として原告サービスを提供しているのであり(甲24、27)、本件特許は原告ライセンス契約に含まれていないものの、これは国際出願に伴う不都合を回避するためにそのような体裁とすべきであったことによるものにとどまり、1審原告が原告子会社に本件発明の実施許諾をしていないことを意味するものとはいえないことも踏まえると、原告子会社が本件発明を実施しているものといえ、1審原告グループは、本件特許権の侵害が問題とされている平成29年7月から平成31年3月までの期間、持株会社である1審原告の管理及び指示の下で、グループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していたと評価することができる。
したがって、1審原告グループにおいては、本件特許権の侵害行為である被告サービスの提供がなかったならば利益が得られたであろう事情があるといえる。
そして、1審原告の利益の源泉が子会社の事業活動に依存していること、1審原告は1審原告グループにおいて、同グループのために、本件特許権の管理及び権利行使につき、独立して権利を行使することができる立場にあるものといえ、そのような立場から、同グループにおける利益を追求するために本件特許権について権利行使をしているということができ、1審原告グループにおいて1審原告のほかに本件特許権に係る権利行使をする主体が存在しないことも併せ考慮すれば、本件について、特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものといえるから、特許法102条2項を適用することができるというべきである。
・・・(略)・・・
(2)1審被告の利益(限界利益)
ア 売上高について
証拠(乙63の2、乙73の2)及び弁論の全趣旨によると、本件期間から、消滅時効に係る期間を除いた平成29年7月9日から平成31年3月2日までの期間における被告サービスの手数料収入の合計額は、●●●●●●●●●●●円であり、また、同期間におけるトレーディング損益の合計額は、1審被告の全取引数量に占める被告サーバを使用した取引数量で按分すると●●●●●●●●●円であることが認められる。
そうすると、特許法102条2項に基づく1審被告が得た利益の額の算定の前提となる「使用行為による売上高」は、上記手数料収入及びトレーディング損益の合計額である●●●●●●●●●●●円と認められる。
イ 経費について
1審被告は、被告サーバの使用について、被告サービスを顧客に提供するに当たり、取引件数に応じてシステム使用料を支払っているとして、システム使用料が、被告サーバの使用に直接関連して追加的に必要となった経費に当たる旨を主張する。
しかしながら、証拠(甲34)によると、システムの使用料は一定の取引件数までは取引件数に関わりなく●●●●●円の定額のシステム使用料が発生するものであり、システム定額料を超えた使用料について、それが被告サービスを利用したことによるものであるかは、必ずしも明らかではないことからすると、被告サーバの使用に直接関連して追加的に必要となった経費とまではいえない。
これに反する1審被告の主張はいずれも採用することができない。
ウ 限界利益額について
前記ア及びイによると、1審被告が被告サーバの使用により得た限界利益額は、●●●●●●●●●●●円である。
(3)推定の覆滅について
・・・(略)・・・
カ 以上のとおり、市場において競合するサービスが存在していたこと、被告サービスの使用の動機の形成に対する本件発明の寄与は限定的であるというべきであること、1審被告が被告サービスの使用により得た限界利益額には、本件発明が寄与していない部分を含むものといえることなどを総合考慮すると、1審被告の使用動機の形成に対する本件発明の寄与割合は●割と認めるのが相当であり、上記寄与割合を超える部分については、1審被告の限界利益額と1審原告の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。
したがって、本件推定は、上記限度で覆滅されるものと認められるから、特許法102条2項に基づく控訴人の損害額は、1審被告の限界利益額の●割に相当する合計●●●●●●●●●円と認められる。
・・・(略)・・・
6 争点2-1(特許法102条1項に基づく損害)について
本件において、1審原告は、特許法102条1項に基づく損害について、平成29年度及び平成30年度における被告サーバを使用した取引総量は2億1495万0600ロット(甲13)であり、侵害期間が1年9か月(1.75年)、被告サーバを使用した被告サービスが占める割合は、少なく見積もっても5%は下らないことを前提に、侵害期間における被告サービスを使用した取引数量は、940万4089ロット(2億1495万0600(ロット)×1.75/2(年)×0.05の小数点第一位以下で四捨五入)であるとして、手数料収入相当の損害額として、原告サービスを利用した取引1ロット当たりの単位利益額●●●円で計算した●●●●●●●●●●●●円(=●●●×940万4089)、トレーディング損益相当の損害額とし、原告サービスを利用した取引1ロット当たりの単位利益額●●●円で計算した●●●●●●●●●●●●円(=●●●×940万4089)を主張するが、被告サーバを使用した取引総量のうち被告サーバを使用した被告サービスが占める割合が5%であることや原告サービスを利用した取引1ロット当たりの単位利益額について、いずれもこれらを認めるに足りる証拠はなく、上記5における特許法102条2項に基づく損害額を超える損害が認められることが立証されているとはいえない。
7 損害額
(1)以上によると、前記4で認定した特許法102条3項に係る損害額又は前記6で検討した同条1項に係る損害額よりも、前記5で認定した同条2項に係る損害額の方が多いことから、この金額(●●●●●●●●●円)をもって1審原告の損害額(弁護士費用及び弁理士費用相当額並びに消費税相当額を除く。)と認めるべきことになる。
・・・(略)・・・
(4)上記(1)、(2)及び(3)の合計額は、4356万5491円となる。』
[コメント]
本件控訴審では、原告に法102条1項、同条2項の類推適用を認め、法102条3項に係る損害額又は同条1項に係る損害額よりも、同条2項に係る損害額の方が多いことから、同条2項の金額を1審原告の損害額と認定した。
実質的な企業実態を総合的に判断したものであり、控訴審の判決に賛成できる。一方で、専用実施権あるいは独占的通常実施権の契約を締結していれば、原審でも類推適用が認められたものと思われる。そういった意味では、ライセンス契約実務において細心の注意を払う必要があることを再確認させられた事例であるといえる。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)
令和5年(ネ)第10053号「金融商品取引管理装置、金融商品取引管理システム、金融商品取引管理システムにおける金融商品取引管理方法」事件
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