IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和6年(ネ)第10019号「転がり装置、及びその製造方法」事件
名称:「転がり装置、及びその製造方法」事件
損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和6年(ネ)第10019号 判決日:令和6年9月25日
判決:控訴棄却
特許法70条
キーワード:特許発明の技術的範囲
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/425/093425_hanrei.pdf
[概要]
原審で行われた限定解釈は「特許請求の範囲に記載された用語の意義」の解釈という限度を超えて、明細書の記載事項を特許発明の技術的範囲に取り込もうとするものにほかならず、特許法70条の許容するところではないとして、一部の構成要件の充足性に関する原審の判断を否定した事例。
[本件発明1]
1-A:少なくとも1対の転送溝により構成される転送路と、転送路の間に転動自在に介挿させた複数の転動体により構成され、
1-B:前記転動体は球体、もしくは両端に3次元曲面の角部を有する円柱、または円錐、またはたる形、またはこれらの複合曲面で形成されている転がり装置であって、
1-C:転送路の一部に転動体が一方の転送溝のみに当接する無負荷領域を生成し、
1-D:かかる一方の転送溝の転送方向と直角方向の断面を、球体である転動体、もしくは球体以外の転動体の3次元曲面の角部、と2点接触する形状とし、
1-E:その接触角を転送路の他の部分に対し大きくした接触角変化路を形成したこと
1-F:を特徴とする転がり装置
[本件発明2]
2-A:少なくとも1対の転送溝により構成される転送路と、転送路の間に転動自在に介挿させた複数の転動体により構成され、
2-B:前記転動体は球体、もしくは両端に3次元曲面の角部を有する円柱、または円錐、またはたる形、またはこれらの複合曲面で形成されている転がり装置であって、
2-C:片側の転送溝の少なくとも一部について転動体との間に作用する摩擦力を、対向する転送溝の転動体との間に作用する摩擦力に対し大きくすると共に、
2-D:摩擦力を大きくした部分について転送溝の転送方向と直角方向の断面を、球体である転動体、もしくは球体以外の転動体の3次元曲面の角部と2点接触する形状とし、
2-E:その接触角を転送路の他の部分に対し大きくした接触角変化路を形成したこと
2-F:を特徴とする転がり装置
[主な争点]
被控訴人製品の本件各発明の技術的範囲の属否(争点1、2)
[原審の判断]
(構成要件1-A)
本件発明1においては、転動体に対して公転速度の加減を行って転動体同士の間隔を調整し、本件発明1の効果を奏しているのであるから、本件発明1は、個々の転動体に対して公転速度の加減を行うことができ、その速度の加減に基づき転動体同士の間隔を調整できてその「競い合い」を防ぐ構成を前提としているといえる。したがって、構成要件1-Aの「転送路の間に転動自在に介挿させた複数の転動体により構成され」に該当する構成は、個々の転動体に対して公転速度の加減を行うことができ、それに基づき転動体同士の間隔を調整できる構成のものであると認められる。転動体の間隔を一定に保持する保持器を有する軸受は、構成要件1-Aにおける「転送路の間に転動自在に介挿させた複数の転動体により構成され」との構成を充足しないところ、被告製品は、前記第2の1(6)のとおり、転動体である玉は、部分的に囲まれて穴にはめ込まれる形で保持器に収まっており、その保持器によって玉同士の間隔を常に一定に保持されている。そうすると、被告製品は、構成要件1-Aを充足しない。
(構成要件2-A)
構成要件1-Aと同一であり、本件発明2の構成要件2-Aについても同様に解釈される。
[裁判所の判断]
1.構成要件1-A及び2-Aの充足性について
『(1)・・・(略)・・・被控訴人製品は、転動体である複数の玉と、玉が転がる外輪と内輪とで構成される軌道輪(転送路)を有する軸受(アンギュラ玉軸受)であるから、「少なくとも1対の転送溝により構成される転送路」と、「転送路の間に転動自在に介挿させた複数の転動体」により構成されていることは明らかである。』
『(2) これに対し、被控訴人らは、特許法70条2項を根拠に、本件各発明の作用効果を参酌すれば、被控訴人製品のように「転動体同士の間隔を保持器によって保持するもの」は構成要件1-A及び2-Aから除外して解釈(限定解釈)されるべきであるとの趣旨の主張をする。
しかし、特許発明の技術的範囲は、飽くまでも「特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」(特許法70条1項)のであり、明細書の記載内容は、特許請求の範囲に記載された用語の意義を明らかにする限度で考慮されるにすぎない(同条2項)。明細書の記載を考慮するという名の下に、特許請求の範囲に記載されていない事項を特許発明の技術的範囲に取り込むような同条2項の拡張解釈(技術的範囲の限定解釈)は、「特許請求の範囲」と「明細書(発明の詳細な説明)」の役割分担を無視するに等しく、許されない。
被控訴人らの主張する上記限定解釈は、「特許請求の範囲に記載された用語の意義」の解釈という限度を超え、明細書(発明の詳細な説明)の記載を根拠に、転動体同士の間隔を制御する構成に関する事項を特許発明の技術的範囲に取り込もうとするものにほかならず、特許法70条の許容するところではない。』
『(3) ところで、本件各発明は、前記第3の2(2)のとおりの技術的意義を有するところ、被控訴人製品のような、転動体同士の間隔を一定に保持する保持器を有するものについては、本件各発明の構成に基づいて前記課題(前記第3の2(2)①、②)が解決されると理解することはできない(この趣旨をいう限度で、原判決の第3の2(1)、(2)の判断〔29頁16行目~22行目、30頁6行目~21行目〕には首肯できる点がある。)。「転動体同士の間隔を保持器によって保持するもの」は、本件各発明の技術的範囲から除外して解釈されるべきであるとする被控訴人らの前記主張は、以上の見地から理解できないではないが、この点は、サポート要件(特許法36条6項1号)違反による特許無効の抗弁の問題として扱うべき事項であって、上述のような無理のあるクレーム解釈を行うべきものではない。』
『(4) 以上により、被控訴人製品は、構成要件1-A及び2―Aを充足するものであり、保持器を備えていることは、その充足を認める妨げになるものではない。』
2.構成要件1-Cの充足性について
『(1) 前記前提事実(6)のとおり、アンギュラ玉軸受である被控訴人製品は、予圧をかけて玉と内輪、玉と外輪を弾性変形させて、内輪軌道溝及び外輪軌道溝と、玉との間の隙間をなくした状態で使用されるものであるから、「転動体が一方の転送溝のみに当接する」ものではなく、「無負荷領域を生成」するとはいえない。・・・(略)・・・・』
『(2) これに対し、控訴人は、本件発明1が「物の発明」であり「方法の発明」ではないから、構成要件該当性の判断に当たっては、被控訴人製品の使用者がどのように使用するか(予圧がかかっているか)は考慮すべきでないと主張する。
しかし、本件明細書には、・・・(略)・・・と記載されているところ、無負荷領域が生成されるプロセスとして説明されている「上方荷重F」や「予圧」は、いずれも玉軸受の使用状態で生じるものであるから、「無負荷領域を生成」の解釈に当たって、使用状態を考慮すべきでない旨をいう控訴人の主張は、明細書の記載と矛盾するものであって、採用できない。』
『(4) 以上によると、被控訴人製品が本件発明1の構成要件1-Cを充足すると認めることはできない。』
3.構成要件2-Cの充足性について
『(1) 本件明細書には、構成要件2-Cに関する説明として、・・・(略)・・・の記載がある。すなわち、本件発明1におけるような「無負荷領域」(構成要件1-C)を設けない場合であっても、一方の転送溝の接触角変化路の摩擦力を対向する転送溝に対して大きくすることで本件発明2における構成要件2-Cを採用することができるという選択肢が示されており、摩擦力に違いを生じさせるための具体的な方法として、対向する転送溝に低摩擦係数の皮膜をコーティングする、潤滑剤を多く噴霧するといった手段が例示されている。』
『(2) これを被控訴人製品についてみるに、被控訴人製品において、本件明細書に例示されている上記手段を含め、外輪側にかかる玉の摩擦力と内輪側にかかる玉の摩擦力に違いを生じさせるための構成を備えていると認めるに足りる証拠はない。
控訴人は、被控訴人製品においては遠心力が生じるから、外輪側にかかる玉の摩擦力は内輪側にかかる玉の摩擦力に比べて大きくなる旨主張するが、玉軸受において当然に想定される遠心力の作用とは別に、摩擦力に違いを生じさせるための具体的な手段に言及している本件明細書の記載にも照らすと、遠心力の発生という一事のみによって構成要件2-Cが当然に充足するとは考え難いし、これを措くとしても、本件において、被控訴人製品の外輪側にかかる玉の摩擦力が内輪側にかかる玉の摩擦力より大きくなっていることを示す具体的な証拠はない。』
『(3) よって、被控訴人製品が本件発明2の構成要件2-Cを充足すると認めることはできない。』
[コメント]
原審では、発明の課題と効果に鑑み、構成要件1-Aの「転送路の間に転動自在に介挿させた複数の転動体により構成され」に該当する構成は、個々の転動体に対して公転速度の加減を行うことができ、それに基づき転動体同士の間隔を調整できる構成のものであると解釈されるとして、転動体同士の間隔を一定に保持する保持器を有する被告(被控訴人)製品の軸受については、本件発明1と異なり、複数の転動体に対する公転速度の加減を行った上で、それに基づき転動体同士の間隔を調整するということはできないから、構成要件1-Aに該当しないと判示した。
これに対し、控訴審では、上記のような解釈は、「特許請求の範囲に記載された用語の意義」の解釈という限度を超え、明細書(発明の詳細な説明)の記載を根拠に、転動体同士の間隔を制御する構成に関する事項を特許発明の技術的範囲に取り込もうとするものにほかならず、特許法70条の許容するところではないとして、より文言に沿った解釈がされた。加えて、現状の文言では、課題を解決しない内容を包含していることに触れつつ、このような点は、サポート要件違反による特許無効の抗弁の問題として扱うべき事項であると言及している。
控訴審の判断は妥当である。なお、個人的な見解であるが、本件については、他の構成要件について充足しない点が存在していたこともあり、構成要件1-Aの充足性についての判断が変更された可能性もある。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)
令和6年(ネ)第10019号「転がり装置、及びその製造方法」事件
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