IP case studies判例研究

令和4年(ワ)第70058号「グラップルバケット装置」事件

名称:「グラップルバケット装置」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:令和4年(ワ)第70058号 判決日:令和6年10月18日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:構成要件の用語の解釈、特許発明の本質的部分
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/448/093448_hanrei.pdf

[概要]
本件発明の構成要件に係る「円弧状」は、その通常の用語の意味及び本件明細書の記載に照らせば、厳密な意味での真円の一部分以外の形状を含むものの、全体が曲線によって構成されている必要があるというべきであり、二つの直線が鈍角に交差するような形状をした被告製品は、本件発明の構成要件を充足せず、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものともいえない、と判断された事例。

[本件発明]
A 上下方向に回動する建設機械のアームの先端部に、上下方向に回動可能に、かつアームの延長方向の軸心にたいして回動可能にして設けたバケットと、このバケットの両側壁に隣接して位置し、両側壁の開口面との間で木材等の被グラップル材をグラップルできるグラップル部材を、バケットの開口基端部に、バケットの開口部を閉じる方向に回動可能に枢支してなるグラップル装置と、を設けたグラップルバケット装置において、
B バケットの一方の側壁部に、上記バケットの両側壁の開口面とグラップル部材との間でグラップルした被グラップル材を切断する切断装置を設け、
C この切断装置は、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケットの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結して上記切断刃を回動させる油圧シリンダとからなり、
D1 切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、
D2 この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせた
E ことを特徴とするグラップルバケット装置。

[主な争点]
構成要件Dの充足性(争点1-1)
均等侵害の成否(争点1-2)

[裁判所の判断]
1 本件明細書の記載事項等
『(2) 前記(1)の記載事項によれば、本件明細書には、本件発明に関し、以下のとおりの開示があると認められる。
従来のグラップルバケット装置では、グラップルした木材が長尺である場合、これをグラップルした状態での搬送中に、この木材が林道脇の木立に接触して搬送不能になってしまうことなどがあるため、所定以上の長さを有する木材をチェーンソー等の切断装置を用いて作業員が所定の長さに切断しなければならず、作業員の負担になっていたほか、立木の伐採作業を行うことができなかったといった課題があった(【0014】ないし【0018】)。
本件発明は、この課題を解決するため、・・・(略)・・・との構成を採用したものである(【0019】及び【0020】)。
本件発明によれば、グラップルバケット装置にてバケットの開口側にてグラップルされた木材等の被グラップル材を、このグラップル装置にてグラップルした状態で切断装置にて切断することができることから、伐採後の木材を、このグラップルバケット装置の切断装置にて簡単に切断できて作業員の負担を軽減できる上、グラップル装置にてグラップルした被グラップル材を搬送する前に、これが長尺の場合にこれをあらかじめ切断することにより、被グラップル材が他のものに接触する等のトラブルを防止することができ、また、伐採前の立木であっても、この立木をグラップル装置にてグラップルした状態で容易に切断することができ、チェーンソー等による伐採作業に比較して短時間で、かつ労力を要することなく伐採することができるとの効果を奏する(【0024】ないし【0026】)。』
2 争点1-1(構成要件Dの充足性)について
『(1) 構成要件D2の「回動方向に対して後方へ円弧状に反らせた」の意義について
証拠(甲12、乙1)によれば、「円弧」とは「円周の一部分」との意味を、「状」とは「すがた、ありさま」及び「名詞に付いて、…のような形である、…に似たようすである」との意味を、「反る」とは「物が弓なりにまがる」との意味を、それぞれ有する語であると認められる。
また、本件明細書の【図7】に示されている切断刃の形状は、切刃部分全体が曲線によって構成されているものと認められる。
以上の「円弧」、「状」及び「反る」の通常の用語の意味並びに本件明細書の記載に照らせば、構成要件D2の「円弧状」とは、全体が曲線によって構成されている円周の一部分のような形を意味するものであり、同「円弧状に反らせた」とは、円周の一部分のような形で弓なりに曲がる形状を意味すると解するのが相当である。
(2) 被告製品の構成及びあてはめについて
前提事実(4)イのとおり、被告製品の切断刃の切刃の形状は、「その刃渡りの基端側のほぼ半分(L1)まで上記切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線とほぼ平行に直線状に延び、残りの半分(L2)は傾斜角(α)約150度でこの切刃の切断方向への回動方向に対して直線状に後方へ折れている」、すなわち二つの直線が鈍角に交差するような形状であることが認められる。
そして、二つの直線が鈍角に交差するような形状は、円周の一部分のような形で弓なりに曲がる形状とはいえないから、被告製品の切断刃の切刃の形状は、「円弧状に反らせた」ものと認めることはできない。
(3) 原告の主張について
ア 原告は、本件明細書の【図7】に示されている切断刃の形状は、単一の曲率半径を有する「円弧」ではないし、【0034】に記載された「青龍刃形」との記載からも、構成要件D2の「円弧状」は、円弧のような形と理解すべきであるから、直線で根元部分は小さな角度で下方に傾斜し、更に中央部において約150度で下方に折れている被告製品の切断刃のような形状も、これに含まれると主張する。
イ 確かに、原告が主張するとおり、前記(1)において認定した「円弧」及び「状」の通常の用語の意味に照らせば、構成要件D2の「円弧状」は、厳密な意味での真円の一部分以外の形状を含むものといえる。
しかし、「状」が「ような形」を意味するとしても、構成要件D2の「円弧状」について、「円弧」が意味するところの「円周の一部分」と離れた直線に近いものまで当然に含むとまで解釈するのは無理がある。そして、前記(1)において認定したとおり、本件明細書の【図7】に示されている切断刃の形状は、切刃部分全体が曲線によって構成されているものであるところ、このような形状に限定されるとはいえないものの、少なくとも二つの直線が鈍角に交差するような切断刃の形状は、「円弧状」のものとして想定されていないと理解することができる。
・・・(略)・・・。
さらに、本件明細書には、構成要件D2の「円弧状」について、全体が曲線によって構成されている形状以外のもの、特に被告製品の切断刃のごとく二つの直線が鈍角に交差するような形状のものまでも含まれることを示す記載は、何ら存在しない。
そうすると、構成要件D2の「円弧状」は、その通常の用語の意味及び本件明細書の記載に照らせば、厳密な意味での真円の一部分以外の形状を含むものの、全体が曲線によって構成されている必要があるというべきである。
ウ このほか、原告は、本件発明の作用効果に基づいて種々の主張をするが、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項)、これまで検討してきたとおり、被告製品の構成は、特許請求の範囲に記載された構成要件D2を充足しない以上、争点1-2の均等侵害の全ての要件の検討を経ることなく、同じ作用効果を奏することのみをもって、本件発明の権利範囲に属するものと解することはできないから、同主張はいずれも失当というべきである。
・・・(略)・・・
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告製品は構成要件Dを充足するとは認められない。』
3 争点1-2(均等侵害の成否)について
『(2) 第1要件について
ア 前記(1)の判断基準に基づいて、本件発明の本質的部分について検討する。
(ア) ・・・(略)・・・、本件発明は、・・・(略)・・・との構成を採用することにより(【0020】)、グラップル装置でグラップルした木材等の被グラップル材をグラップルした状態で切断することができるようにし、作業員の負担を軽減すると共に、グラップル装置でグラップルした被グラップル材を搬送する前に、これが長尺の場合にはグラップルした状態であらかじめ切断することにより、被グラップル材が他の物に接触する等のトラブルが生じることなく搬送できるようにして(【0019】)、従来技術が有していた課題を解決するもの(【0024】ないし【0026】)とされている。
(イ) その一方で、本件出願の日の前である平成20年6月12日に公開された甲27文献の記載によれば、同文献には、「走行機構の上に水平方向へ回動し得る旋回体が搭載され、該旋回体から延びる起伏可能なブーム機構を備え、該ブーム機構の先端に作業装置が装着されたショベル型掘削機の構造を有し、前記作業装置は、前記ブーム機構先端部の軸線回りに回転可能に支持された可動体と、該可動体を前記軸線回りに回転させるための軸転駆動部と、前記可動体を前記ブーム機構に対し前記起伏面に沿って回動させるための縦振り駆動部と、前記可動体を前記起伏面に垂直で且つ前記ブーム機構先端部の軸線を含む面に沿って回動させるための横振り駆動部と、前記可動体に支持された開閉駆動可能な把持部と、該把持部の開閉動に沿う面に対向して配置され、該面に沿う方向に揺動駆動される切断装置とを備えていることを特徴とする枝切り走行装置」(請求項1及び【0008】)及び「前記可動体が、パワーショベル又はバックホーのバケットを備え、前記把持部は該バケットの開口縁における一方の側部に設けられ、前記切断装置は前記バケットの開口縁における他方の側部に設けられていることを特徴とする」枝切り走行装置(請求項3及び【0010】)が開示されていることが認められ、さらに、切断装置の具体例として、チェーンソー及びナイフ状カッター(【0026】ないし【0031】、【図5】及び【図6】。両図面については別紙甲27文献図面目録参照)が開示されていることも認められる。
(ウ) 前記(イ)によれば、本件特許の出願時において、グラップルバケット装置において、グラップルした木材が長尺である場合、所定以上の長さを有する木材をチェーンソー等の切断装置を用いて作業員が所定の長さに切断しなければならないとの課題については、甲27文献において開示された従来技術によって解決することが可能であったから、本件明細書において従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは、出願時の従来技術に照らして客観的に不十分であると認められる。
そうすると、本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を認定するに当たり、甲27文献に記載されている技術的事項も参酌することが許されるというべきである。
(エ) 前記(ウ)において検討したところによれば、本件特許の出願前に、甲27文献において、一方の側部に把持部、他方の側部に切断装置が装着されているバケットを備えた枝切り走行装置が開示されていたと認められるから、本件発明と従来技術との相違は、当該切断装置の構成に係る部分にすぎず、グラップルした被グラップル材を切断できるようにしたグラップルバケット装置であること自体ではないと認められる。そうすると、従来技術と比較して本件発明の貢献の程度が大きいと評価することはできないから、本件発明の本質的部分については、これを上位概念化したものとして認定することはできず、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されるというべきである。
したがって、前記(ア)及び(イ)に照らし、本件発明における従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、グラップル装置に設けられた切断装置について、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケットの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結して上記切断刃を回動させる油圧シリンダとからなり、切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせたとの構成、すなわち構成要件C及びDに係る構成を採用することによって、回動中心から遠い部分でも、刃先が対象物に当たる傾き角度θの値を大きく保つことで、引き切り作用を保ちスムーズな切断効果を発揮できるようにしたことと認めるのが相当である。
イ 前記2のとおり、被告製品は構成要件D2を充足するとは認められないところ、前記アのとおり、本件発明の構成要件C及びDに係る構成を採用することによって、回動中心から遠い部分でも、刃先が対象物に当たる傾き角度θの値を大きく保つことで、引き切り作用を保ちスムーズな切断効果を発揮できるようにしたことが本件発明の本質的部分であるから、被告製品が本件発明の本質的部分を備えているとは認められず、本件発明と被告製品とが異なる部分が本件発明の本質的部分ではないとはいえない。
したがって、被告製品は第1要件を充足しない。』

[コメント]
本件発明の構成要件Dに係る「円弧状」が、被告製品のように二つの直線が鈍角に交差するような形状を含むものと解釈することはできない、という裁判所の判断は妥当であろう。ただし、例えば、出願時の明細書に、「円弧状」とは、真円の一部分である形状に限らず、複数の直線が鈍角に交差する多角形の一部分である形状も含む、といった定義を記載したり、構成要件Dを「切断刃の切刃を、刃先が対象物に当たる傾き角度が大きくなるように、回動中心から遠ざかるにつれて反らせた」と表現したりすることで、被告製品は本件発明の技術的範囲に属する、と判断された可能性はある。
なお、均等侵害の第1要件における特許発明の本質的部分について、マキサカルシトール事件大合議判決(平成27年(ネ)第10014号)で示された判断基準に従って、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものに限定的に認定された点は実務上参考となる。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

令和4年(ワ)第70058号「グラップルバケット装置」事件

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