IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和5年(ワ)第8403号「笠木下換気構造体」事件
名称:「笠木下換気構造体」事件
特許権侵害差止等請求事件
大阪地方裁判所:令和5年(ワ)第8403号 判決日:令和6年10月22日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:構成要件の用語の解釈、均等論の第2要件(置換可能性)、均等論の第3要件(容易想到性)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/506/093506_hanrei.pdf
[概要]
本件発明の「換気部材」は、それ自体が通気性能及び防水性能を有することを要すると解釈されるのに対し、被告製品の傾斜部は、それ自体が素材としての通気性能を有するとは認められないため「換気部材」に該当せず、さらに本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとも言えないとして、侵害が成立しないと判断された事例。
[本件発明]
A 外壁下地材及び前記外壁下地材の外面に取付けられた胴縁を介して取付けられた外壁材とその上方に設置される笠木との間の部分に設置することができる笠木下換気構造体であって、
B-1 前記外壁下地材の上端部の外方側に対して垂直方向に延びる第1垂直部と、
B-2 前記第1垂直部の上端側に接続され、外方に向かってほぼ水平方向に延びる第1水平部と、
B-3 前記第1水平部の外方側に接続され、垂直下方に延びると共に長手方向に所定間隔で複数の開口が形成された第2垂直部と、
B-4 前記第2垂直部の下方側に接続され、前記第1垂直部の方向に所定距離を残して延びる第2水平部とからなる
B-5 笠木下部材と、
C 前記笠木下部材内に配置され、通気性能及び防水性能を発揮する換気部材とを備え、
D 前記笠木下部材の前記第1垂直部は前記外壁下地材と前記胴縁との間の隙間に差し込むようにして設置されることができる、
E 笠木下換気構造体。
[主な争点]
本件発明の技術的範囲への属否(被告製品に関する間接侵害の成否)(争点1)
ア 文言侵害の成否(争点1-1)
イ 均等侵害の成否(予備的主張。争点1-2)
[裁判所の判断]
『(a)先行技術文献である特許文献1(特開2007-138422号公報。甲11)に示されるような従来の笠木下換気構造体では、設置時に本体部と通路部とを別々に、かつ蛇行通路が形成されるように所定の位置関係で腰壁パネルに取り付ける必要があり、複雑な構造であるため、迅速な設置が困難であるとともに・・・(略)・・・暴風雨等で雨量が極端に増加したときの防水機能としての信頼性が十分ではなく、さらには、虫等が蛇行通路を介して建物内に侵入するおそれがある(【0010】)という課題があった。本件発明は、かかる課題を解決するためものであり、迅速な設置を可能にするとともに、通気機能及び防水機能の信頼性の高い笠木下換気構造体を提供することを目的としている(【0011】)。』
『(c)本件発明の効果
換気部材が笠木下部材に一体化されるため、笠木下部分への取付けが容易で通気機能及び防水機能の信頼性が向上し、また、笠木下部材の位置決めが容易になるため、取付作業が効率的になる(【0024】)。』
『換気部材20は各々が凹凸断面形状を有する合成樹脂シートを複数積層した状態で熱融着によって相互に接続して一体化されており、一方側面(外方面)から他方側面(内方面)へ貫通する通気孔21が多数形成されている(【0040】)。このような換気部材20は、特許第2610342号(乙2参照)において開示されている棟カバー材と基本的に同一構造であり、これによって一定条件下にあっては、換気部材20は通気孔21を介しての通気を可能にするとともに、通気孔21を介しての雨水や虫等の侵入を阻止する通気性能及び防水性能を発揮するものとなる(【0041】)』
『c 検討
(a)前記aのとおり、構成要件Cは、「換気部材」について、「笠木下部材内に配置され」ていることと、「通気性能及び防水性能を発揮する」ものであることとをいずれも備える旨を規定している。
・・・(略)・・・
(c)前記(a)及び(b)で述べたことに照らせば、構成要件Cが規定する「換気部材」については、当業者にとって、少なくともそれ自体が「通気性能及び防水性能」を有することを要すると解するのが構成要件Cの自然な文言解釈であり、かつ、本件明細書の記載にも合致する。
(イ)被告製品を部材とする笠木下換気構造体についてみると、その概要は別紙「図面」記載2のとおりであるところ、原告は、傾斜部⑤が「通気性能及び防水性能を発揮する換気部材」に相当する旨主張する。しかし、傾斜部⑤は、それが「笠木下部材」(第1垂直部①ないし第2水平部④)内に配置されたものに当たり得るとしても、ガルバリウム鋼板からなる板状物であって(弁論の全趣旨)、傾斜部⑤自体が素材としての通気性能を有するものとは認められない。傾斜部⑤の上部と第1水平部との間には一定の空間が確保されており、当該空間を通気路と想定することはできるけれども、当該空間が「換気部材」(又はその一部)に該当するとはいえず(原告も傾斜部⑤が「換気部材」に相当すると主張している。)、「換気部材」が通気性能を有すると解することはできない。傾斜部⑤は、その傾斜を含む形状によって遮断性能(防水性能)を担っていることから、明らかに通気が可能な領域を狭めており、「換気部材」として通気性能を発揮しているものとは認められない。したがって、被告製品を部材とする笠木下換気構造体は、構成要件Cの「通気性能…を発揮する換気部材」を充足しない。
(ウ)これに対し、原告は、本件発明の「換気部材」の文言は、雨水の浸入を軽減しつつ通気通路を確保する部材を総称するものであり、被告製品の傾斜部⑤のように、第2水平部から45度の角度をもって立ち上がり、その上部が第1水平部に接しないようにその長さが調整された部材も含まれるのであって、このような部材は外部から浸入する雨水を遮蔽することにより雨水の浸入を軽減するとともに、該傾斜部の上部と第1水平部との間に非接触部分を設けることにより、該間隙部を通じて笠木下換気構造体の内外の通気を行い、通気通路を構成しているから、「通気性能及び防水性能を発揮する換気部材」に該当する旨主張する。
しかし、前記(ア)のとおり、「換気部材」は、それ自体が通気性能を有する必要があるというべきである。一方、被告製品は、前記(イ)のとおり、傾斜部自体に通気性能はなく、開口(別紙図面の⑥)から笠木下部材内部に向かう気流を第1水平部下部と傾斜部上端との間に存在する気道方向に通気することにより笠木下部材内部と外部との間の通気が行われるとしても、それは単に通気路を残しているにすぎず、傾斜部に通気性能があると認めることはできないから、被告製品を部材とする笠木下換気構造体の構成cは、被告主張のとおり「前記第2水平部の内方端に接続され、外方に向けて内角約45度に傾斜して延びる傾斜部と、を有する笠木下部材であって、前記傾斜部は、開口から浸入する雨水を遮断してその浸入を防止する防水性能を有し、前記第1垂直部側と開口側とを換気する換気経路を遮断して蛇行経路とし、」と認定されることとなる(同様に、被告製品の傾斜部の構造は別紙「被告製品の構造」の「被告の主張」欄の「(き)」のとおり認定される。)。そうすると、構成cは構成要件Cを充足せず、原告の主張は採用できない。
(エ)したがって、被告製品を部材とする笠木下換気構造体が構成要件Cを充足する旨の原告の主張は採用できない。
イ 以上のとおり、被告製品を部材とする笠木下換気構造体は構成要件Cを充足しないから、その余の点について検討するまでもなく、被告製品に関する文言侵害(間接侵害)の成立を認めることはできない。』
『(2)均等侵害の成否(予備的主張。争点1-2)について
・・・(略)・・・
事案に鑑み、まず第2要件及び第3要件について検討する。
イ 第2要件について
前記(1)で判示したとおり、被告製品を部材とする笠木下換気構造体においては、傾斜部⑤が、「笠木下部材」内に配置されたものに当たり得るとしても、少なくともそれ自体が通気性能を有する「換気部材」ではないという点で、本件特許の特許請求の範囲に記載された構成とは異なる。
原告は、本件発明の作用効果は、笠木下部分への取り付けが容易で、外壁下地材の上端部の外方側に対して第1垂直部を当接させることにより笠木下部材の位置決めが容易になることにあり、「換気部材」を傾斜部⑤へと置き換えても、被告製品が本件発明と同一の目的を達成し同一の作用効果を奏することを妨げるものではない旨主張する。
しかし、本件発明が解決しようとする課題は、迅速な設置が困難であることに限られるものではなく(前記(1)ア(ア)c)、本件明細書の記載からすると、本件発明の目的ないし作用効果は、雨水や虫等の浸(侵)入を防止し、通気機能及び防水機能の信頼性の高い笠木下換気構造体を提供することにもあると認められる(前記(1)ア(ア)b(a)~(c))。そして、別紙「図面」記載1及び2の各図面のとおり、被告製品を部材とする笠木下換気構造体は、開口⑥及び傾斜部⑤と第1水平部②との隙間から建物内に雨水や虫等が浸(侵)入し得る構造となっているから、構成要件Cにおける「換気部材」を傾斜部⑤に置き換えた場合、迅速な設置を可能にし、換気量を確保するという本件発明の目的は達成し得るとしても、雨水や虫等の浸(侵)入を防止し、通気機能及び防水機能の信頼性の高い笠木下換気構造体を提供するという本件発明の目的を達成することができないし、本件発明と同一の作用効果を奏するともいえない。したがって、均等侵害の第2要件を認めることはできない。』
『ウ 第3要件について
本件発明は、従来技術である蛇行経路タイプの換気部材を用いた場合の課題(迅速な設置が困難で換気量も少ないこと、蛇行経路を介して雨水や虫等が浸(侵)入するおそれがあること等)を解決する換気部材を採用したものといえるところ(前記(1)ア(ア)b(a)、(b))、「換気部材」を従来技術である蛇行経路タイプに近い傾斜部⑤に置き換えることについては阻害要因があるものと認められる。原告は、通気性能と防水性能を生じさせるために、笠木下部材内に浸入する雨水を遮断する遮蔽板を笠木下部材により蛇行型の通気通路を構成することで同様の目的を達し得ることは広く知られており、当業者であれば、被告製品のように雨水を遮断する遮蔽板と笠木下部材により蛇行型の通気通路を構成する方法を用いることは容易に想到し得る旨主張する。しかし、そもそも本件発明の「換気部材」を被告製品の「傾斜部」に置き換えると、第2垂直部に形成される「複数の開口」(その上下方向の位置関係に特段の限定はない。)の「傾斜部」より上方部分において、笠木下部材内に直通経路の通気路が形成され、防水性能を保持できなくなる可能性がある。そのため、防水性能を保持するには「複数の開口」と「傾斜部」の位置関係や高さに創意工夫を要することとなるから、当業者が、被告製品の製造等の時点において上記置換えを容易に想到することができたものとは認められない。したがって、均等侵害の第3要件を認めることはできない。』
[コメント]
本件発明の構成要件Cに係る「換気部材」は、当業者にとって、少なくともそれ自体が「通気性能及び防水性能」を有することを要するのが自然な文言解釈であり、かつ、本件明細書の記載にも合致する、という裁判所の判断は妥当である。本件明細書における換気部材の例は、合成樹脂シートを複数積層した状態で一体化され通気孔が形成されたフィルタしか開示されておらず、本件明細書に他の開示が無い以上、解釈を広げることが難しいと考える。
また、本件発明の効果として、構成要件Dに対応する「笠木下部分への取り付けが容易」と、構成要件Cの換気部材に対応する「雨水や虫等の浸(侵)入を防止し、通気機能及び防水機能の信頼性の高い笠木下換気構造体を提供」とが並記されており、一方の課題のみが本件発明が解決すべき課題であるとして、均等論を適用しようとすることも難しいと考える。
本件発明は、分割出願であるが、原出願の内容から見ても、「換気部材」としてフィルタを採用したことが特徴と述べており、請求項に換気部材が明記されているため、どのように主張しても、本件発明では、被告製品に対して権利行使することが難しいと考える。構成要件Dに新規性があるのであれば、分割要件違反を招来するかもしれないが、分割時に「換気部材」を請求項から削除して、構成要件Dを主とする権利化にチャレンジすることも一案だったのかもしれない。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)
令和5年(ワ)第8403号「笠木下換気構造体」事件
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