IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和5年(ワ)第70272号「親綱支柱用治具」事件
名称:「親綱支柱用治具」事件
特許権侵害排除等請求事件
東京地方裁判所:令和5年(ワ)第70272号 判決日:令和6年10月23日
判決:請求棄却
関連条文:特許法70条
キーワード:文言侵害、均等の第1要件(本質的部分)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/577/093577_hanrei.pdf
[概要]
特許請求の範囲に記載された文言の解釈と、本件発明の課題及び作用効果の関係をそれぞれ確認した上で、被告製品は本件発明の構成要件を充足しないと判断され、従来技術と比較した本件発明の貢献の程度が大きいとはいえないから、本件発明の本質的部分は特許請求の範囲に近接したものとなるべきであり、均等の第1要件を欠くとして均等侵害も成立しないと判断された事例。
[本件発明]
A 親綱支柱を固定するための治具であって、
B 第1の方向に伸びる矩形状の板と、
C 前記矩形状の板の前記第1の方向の端部で上下方向に間隔を開けてU字状に折り曲げられた折り曲げ部とを含み、
D 前記矩形状の板の前記第1の方向の逆方向の端部に設けられ、上方向に伸びる上突起部と、をさらに含み、
E 前記矩形状の板の前記第1の方向端部より逆方向の端部までの長さは、前記治具が取付けられる形鋼のフランジの幅より長い、治具。
[主な争点]
争点1 文言侵害の成否
争点1-1 構成要件Cの充足性
争点1-2 構成要件Eの充足性
争点2 均等侵害の成否
[裁判所の判断]
『2 争点1(文言侵害の成否)について
(1)争点1-1(構成要件Cの充足性)について
ア 構成要件Cの解釈
本件特許の特許請求の範囲の請求項1には、「親綱支柱を固定するための治具であって、」(構成要件A)、「第1の方向に伸びる矩形状の板と、」(構成要件B)及び「前記矩形状の板の前記第1の方向の端部で上下方向に間隔を開けてU字状に折り曲げられた折り曲げ部とを含み、」(構成要件C)との記載がある。これらの記載によれば、本件発明の「治具」は、「矩形状の板」と「折り曲げ部」という構成を含んでいること、「矩形状の板」は、「第1の方向に伸び」ていること、「折り曲げ部」は、「矩形状の板の」「第1の方向の端部」でU字状に折り曲げられたものであることを理解できる。
また、本件明細書においては、上記の特許請求の範囲の記載に対応する記載(【0008】)のほか、本件発明の親綱支柱用治具がその効果を奏するための構成として、「矩形状の板の一方側の端部で上下方向に間隔を開けてU字状に逆方向に折り曲げられた折り曲げ部を有する」との記載(【0013】)がある上、本件発明を実施するための形態として、「図1(A)において、矩形状の板11の左方向の端部下方向に間隔を開けてU字状に折り曲げられた折り曲げ部12」との記載(【0017】)があり、この実施形態が【図1】に示されている。これらの記載及び図面から、「折り曲げ部」は、「矩形状の板」の端部となる箇所でU字状に折り曲げられることで形成されたものであると理解できる。
そして、本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書において、「矩形状の板」を定義する記載はないものの、証拠(乙11ないし16)によれば、「矩形」の通常の語義について、「直角四辺形」ないし「長方形」を意味するものと認められる。そうすると、本件発明における「矩形状の板」は、直角四辺形ないし長方形のような形をした板であると理解できる。
以上によれば、本件発明の「矩形状の板」は、直角四辺形ないし長方形のような形をした板であり、同「折り曲げ部」は、「矩形状の板」がその「端部」となる箇所でU字状に折り曲げられることで形成されたものであって、「矩形状の板」の「端部」と連続するものと解するのが相当である。
イ 被告製品の構成及びあてはめ
証拠(乙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、別紙被告製品目録記載2及び別紙被告図面目録記載1及び2のとおり、被告製品は、長方形の底板とその上面の両短辺に沿って存在する側板及びフック部を備えていること、フック部は、側板の端部に存在しており、長方形の底板とは接していないことが認められる。
そうすると、被告製品のフック部は、側板の端部と連続するものであって、本件発明の「矩形状の板」に相当する長方形の底板の端部と連続するものではないから、本件発明の「折り曲げ部」に該当しないというべきである。
したがって、被告製品は、本件発明の「折り曲げ部」の構成を備えないから、構成要件Cを充足するとは認められない。
・・・(略)・・・
(2)争点1-2(構成要件Eの充足性)について
ア 構成要件Eの解釈
本件特許の特許請求の範囲の請求項1には、「親綱支柱を固定するための治具」(構成要件A)、「第1の方向に伸びる矩形状の板」(構成要件B)、「前記矩形状の板の前記第1の方向の端部」(構成要件C)、「前記矩形状の板の前記第1の方向の逆方向の端部」(構成要件D)及び「前記矩形状の板の前記第1の方向端部より逆方向の端部までの長さは、前記治具が取付けられる形鋼のフランジの幅より長い、治具」(構成要件E)との記載がある。これらの記載から、本件発明に係る「治具」が「形鋼のフランジ」に「取付けられる」こと、「治具」が備える「矩形状の板」は、「第1の方向に伸び」ており、「第1の方向の端部」と「第1の方向の逆方向の端部」という対向する二組の端部を有していること、「第1の方向端部より逆方向の端部までの長さ」が「形鋼のフランジの幅」より長いことを理解できる。しかしながら、前記(1)アのとおり、「矩形状の板」が直角四辺形ないし長方形のような形の板を意味することから、「矩形状の板」には、対向する平行な二辺に係る端部が二組存在し、「第1の方向端部より逆方向の端部までの長さ」がいずれの組の端部の間の長さを意味するのかは、明らかではない。
この点に関し、本件明細書においては、本件発明の効果に関し、「この発明に係る親綱支柱用治具は、矩形状の板の一方側の端部で上下方向に間隔を開けてU字状に逆方向に折り曲げられた折り曲げ部を有するため、U字状の折り曲げ部を幅の狭いフランジ部に係合した状態で、親綱支柱の取付具を位置決めして固定できる。」との記載(【0013】)があり、本件発明を実施するための形態に関し、「親綱支柱用治具10は、図1(A)において、右方向(第1の方向)に伸びる矩形状の板11と、矩形状の板11の左方向の端部下方向に間隔を開けてU字状に折り曲げられた折り曲げ部12と矩形状の板11の右方向の端部に設けられ…」との記載(【0017】)及び「図2は、この親綱支柱用治具10の使用方法を示す図である。図2(A)~(B)は親綱支柱用治具10を適用される梁に使用するH形鋼材のフランジに取付ける状態を示し…」との記載(【0021】)があり、それらの各実施形態が【図1】及び【図2】に示されている。これらの記載及び図面から、「矩形状の板」の「第1の方向」の「端部」とは、U字状の折り曲げ部が係合されるH形鋼材のフランジ部の辺と平行な辺に係る端部を意味するものと理解できる。
そうすると、構成要件Eの「矩形状の板」の「第1の方向端部」と「逆方向の端部」は、「形鋼のフランジ」に「治具」が取り付けられる際に、「形鋼のフランジ」の辺と平行になる二辺に係る端部を意味し、同「前記矩形状の板の前記第1の方向端部より逆方向の端部までの長さ」とは、これらの端部の間の長さを意味するものと解される。
イ 被告製品の構成及びあてはめ
前記(1)で検討したとおり、本件発明の「矩形状の板」に該当するのは、被告製品の底板である。
そして、証拠(甲7、乙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、①被告製品の底板の辺に係る端部のうち被告製品が取り付けられる形鋼のフランジの辺に平行な二辺に係る端部の間の長さは100mmであること及び②被告製品が取り付けられる形鋼のフランジの幅は100mm又は125mmであることが認められる。
したがって、被告製品の「前記矩形状の板の前記第1の方向端部より逆方向の端部までの長さ(上記①)」が「前記治具が取付けられる形鋼のフランジの幅(上記②)より長い」とはいえないから、被告製品が構成要件Eを充足するとは認められない。
・・・(略)・・・
3 争点2(均等侵害の成否)について
(1)本件で問題となる均等侵害の主張について
原告は、①被告製品のフック部(折り曲げ部)が「矩形状の板」ではなく側板の端部に設けられていると認められることを前提にした構成要件C及びEについての均等侵害並びに②本件対象部分が「矩形状の板」ではなく「凹状の板」であると認められることを前提にした構成要件Bについての均等侵害という二つの主張をする。
これらのうち上記②の主張については、前記2(1)ウのとおり、そもそも本件対象部分が「一枚の板」であるとはいえないから、それを「凹状の板」と認めることはできない。したがって、同主張は、その前提を欠いており採用できない。
そこで、以下、上記①の主張に係る均等侵害の成否について、検討する。
・・・(略)・・・
ウ 本件発明の本質的部分
(ア)本件発明に係る特許請求の範囲及び本件明細書の各記載によれば、本件発明は、フランジ幅の狭い形鋼の梁に親綱支柱を設置するのに手間がかからない、親綱支柱取付治具を提供するという課題を解決することを目的として(【0006】及び【0007】)、矩形状の板の端部で上下方向に間隔を開けてU字状に折り曲げられた折り曲げ部を含み(構成要件C)、かつ、矩形状の板の第1の方向端部より逆方向の端部までの長さが、治具が取付けられる形鋼のフランジの幅より長い(構成要件E)という構成を採用したものであり、このような構成を採用することにより、U字状の折り曲げ部を幅の狭いフランジ部に係合した状態で、親綱支柱の取付具を位置決めして固定でき、その結果、フランジ幅の狭い形鋼の梁に親綱支柱を設置するのに手間がかからない、親綱支柱取付治具を提供できるとの効果を奏する(【0013】及び【0014】)ものであると認められる。そして、上記の「U字状に折り曲げられた折り曲げ部」は、これを幅の狭いフランジ部に係合した状態で親綱支柱の取付具を位置決めして固定できることから、フランジ幅の狭い形鋼の梁に親綱支柱を設置するのに手間がかからないようにするという課題解決に寄与する構成であるということができる。
・・・(略)・・・
そして、上記のとおり、設置するのに手間がかからないようにするとの課題解決に寄与する構成要件Cの「U字状に折り曲げられた折り曲げ部」と同様の構成については、乙17発明が既に備えていたものであるから、本件発明と従来技術である乙17発明との主な差異は、本件発明では、折り曲げ部の存在する端部から逆方向の端部までの長さが治具を取り付ける形鋼のフランジ幅より長いのに対し、乙17発明では、コ字形フック部の存在する端部から逆方向の端部までの長さが同フック部と係合させる梁の上部の幅(フランジ幅)と同一であるという点にすぎない。
したがって、本件発明は、従来技術と比較してその貢献の程度が大きいとはいえないから、その特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定することはできず、本件発明の本質的部分は、特許請求の範囲に近接したものとなるというべきである。
(イ)以上によれば、本件発明における従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分については、原告が主張するように「①U字状に折り曲げられた折り曲げ部を有し、②その反対方向における長さをフランジ幅よりも長くしている」という構成であると認めることはできず、矩形状の板の端部で上下方向に間隔を開けてU字状に折り曲げられた折り曲げ部を設けた上で、この折り曲げ部の存在する端部から矩形状の板の逆方向の端部までの長さを治具が取付けられる形鋼のフランジ幅よりも長くするという構成、すなわち、構成要件C及びEにより近接した構成であると認定されるべきである。
エ 被告製品の第1要件の充足性
前記2で説示したとおり、被告製品は構成要件C及びEをいずれも充足するとは認められず、本件発明の「治具」は、「上下方向に間隔を開けてU字状に折り曲げられた折り曲げ部」が「前記矩形状の板の前記第1の方向の端部」と連続する(構成要件C)のに対し、被告製品は、本件発明の「折り曲げ部」に相当するフック部が、同「矩形状の板」に相当する底板ではなく、側板の端部と連続しており、また、本件発明の「治具」は、「前記矩形状の板の前記第1の方向端部より逆方向の端部までの長さは、前記治具が取付けられる形鋼のフランジ幅より長い」(構成要件E)のに対し、被告製品は、「矩形状の板」の「第1の方向端部より逆方向の端部までの長さ」に相当する、形鋼に取り付けられた際に形鋼のフランジの二辺と平行になる二辺に係る底板の端部間の長さが、形鋼のフランジの幅より長いとはいえない。
したがって、本件発明と被告製品とは本件発明の本質的部分において異なっているというべきであり、両者の異なる部分が本件発明の本質的部分ではないといえないから、均等の第1要件を満たすとは認められない。
(3)小括
以上によれば、被告製品は、その余の要件を検討するまでもなく、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとはいえず、前記2のとおり文言侵害も成立しないから、本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。』
[コメント]
原告は、被告製品が自己の特許権に係る発明の技術的範囲に属するというロジックを何とか組み立てようとしたようではあるが、構成要件C及びEの記載ぶりからすれば、被告製品がこれらを具備しているというのは、かなり困難な印象である。
裁判所による文言侵害の成否及び均等侵害の成否の判断については、細かい解釈に関して少々バラつきが生じ得るかもしれないが、いずれの結論も妥当であると思料する。
以上
(担当弁理士:植田 亨)
令和5年(ワ)第70272号「親綱支柱用治具」事件
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