IP case studies判例研究

令和5年(ワ)第12280号「防潮壁および防潮壁用部品組」事件

名称:「防潮壁および防潮壁用部品組」事件
損害賠償請求事件
大阪地裁:令和5年(ワ)第12280号 判決日:令和7年1月30日
判決:請求棄却
特許法第79条
キーワード:充足性(文言侵害)、均等侵害(第2要件)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/806/093806_hanrei.pdf

[概要]
被告製品では、透明樹脂板と枠体との間の全体につき水密化するためのパッキンが存在するとはいえないとして構成要件の充足(文言侵害)が否定され、パッキンが存在するとはいえない点で当該構成要件を充足しないのであるから、当該構成要件を被告製品の構成に置換しても本件発明と同一の作用効果が得られるとはいえないとして、均等侵害の第2要件の充足も否定された事例。

[事件の経緯]
原告は、被告が「被告製品」を製造し、販売等することは本件特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、不法行為(民法709条)に基づき、損害賠償金9573万5200円及びこれに対する令和5年3月24日(不法行為日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた。

[本件発明]
A コンクリート製の防潮壁に透明樹脂板を組み付けるための防潮壁用部品組であって、
B ①透明樹脂板と、
②その透明樹脂板の縁部を挿入できる溝付きの枠体と、
③透明樹脂板・枠体間の水密用のパッキンと、
④枠体の溝の内側に透明樹脂板の縁部を解除可能に拘束する拘束手段とを含む
C ことを特徴とする防潮壁用部品組。

[主な争点]
(1)本件発明の技術的範囲への属否(争点1)
ア 文言侵害の成否(争点1-1)
イ 均等侵害の成否(予備的主張。争点1-2)

[裁判所の判断]
『第4 当裁判所の判断
1 本件発明の技術的範囲への属否(争点1)について
・・・(略)・・・
ア 構成要件B③の充足性(「透明樹脂板・枠体間の水密用のパッキン」を備えるか)について
(ア) 構成要件B③の解釈について
・・・(略)・・・
b 検討
(a) 構成要件B③における「水密」の字義は「機械・装置などで、隙間などから水が漏れないようになっている状態」(乙20、広辞苑第六版。第七版も同じ。)であるところ、「透明樹脂板・枠体間の」との語に続けて「水密用」との用途の記載があることからすれば、「パッキン」は「透明樹脂板・枠体間の水密用」、すなわち透明樹脂板と枠体の間から水が漏れないようにすることのために用いられるものとの解釈が合理的であり、当業者もそのように理解すると考えられる。
(b) また、本件明細書においても、本件発明は、防潮壁の透明樹脂板が傷等により透明度が低下した場合に容易に取り替えることができるようにした防潮壁及び防潮壁用部品組を提供することを課題とし(前記a(a))、課題を解決するための手段につき、枠体は金属を使用し、パッキンは板ゴム等を使用するとよい旨の記載や、「1)」の「枠体は、コンクリートの開口や切り欠きの内側にボルト等で固定する(その場合は枠体とコンクリートとの間にも水密部材を使用する。)ようにしてもよく」との記載、「3)」の「そうした透明樹脂板と枠体の溝との間に水密用のパッキンを取り付ける」との記載があり、「上記のようにパッキンを取り付けるので同樹脂板の周囲の防水性を確保できる。」とされる(前記a(b))。これらの記載からすると、本件発明において透明樹脂板と枠体間の水密は課題解決のための前提とされており、「パッキン」はかかる水密のために用いられるものと解されるのであり、構成要件B③の文言は、透明樹脂板と枠体との間から水が漏れて枠体の内側部分に水が入り込まないように、透明樹脂板と枠体との間を全て「パッキン」で塞ぐという趣旨と解釈するのが当業者にとって合理的である。そして、前記a(d)のとおり、本件発明の第一の実施形態である本件明細書の【図2】(a)及び(b)(別紙図面3の【本件明細書図2(a)及び(b)】)においても、水密性を有するパッキン(19A・19B)を、透明樹脂板(11)の表裏各面に当てて同図で示されているように挿入し、同樹脂板と枠体(12)との間をシール(水密)するものとされており、上記の解釈に沿っている。
(c) 前記(a)及び(b)で述べたことに照らせば、構成要件B③が規定する「透明樹脂板・枠体間の水密用のパッキン」については、当業者にとって、透明樹脂板と枠体との間にパッキンが一部でも存在すれば足りると解されるものではなく、透明樹脂板と枠体との間の全体につき水密化する(水が漏れないようにする)ためのパッキンが存在することを要するものと解するのが、同構成要件の自然な文言解釈であり、かつ、本件明細書の記載にも合致するというべきである。
(d) 原告は、本件発明の課題からすれば、透明樹脂板が容易に取り替えできるように固定された枠内に、透明樹脂板、水密用パッキン、拘束手段が存在すれば足り、「水密用パッキン」の配置等の施工態様については、当業者の適宜の選択に委ねられるから、特許請求の範囲等において枠体と透明樹脂板との間の全部を必ずパッキンで覆うよう限定する理由はなく、構成要件B③の文言どおり、アクリル板と枠体との間に水密用のパッキンが存在すれば足りる旨主張する。
しかし、原告の主張を前提とすると、構成要件B③の文言において、「透明樹脂板・枠体間のパッキン」ではなく、「透明樹脂板・枠体間の水密用のパッキン」と規定されていることと整合しない。また、「透明樹脂板・枠体間の水密用」との文言からすると、パッキンが水密化する対象は透明樹脂板と枠体の間であると解するのが自然である。そうすると、構成要件B③の文言は、むしろ「透明樹脂板・枠体間について水が漏れないようにするためのパッキン」と解釈すべきである。したがって、原告の主張は採用できない。
(イ) 被告製品について
被告製品についてみると、前提事実(4)ア及び別紙図面2のとおり、透明樹脂板であるアクリル板の海側の面と「枠体」(金属製)との間には、「ゴムガスケット」と「押縁」(アルミニウム製)があるところ、原告が主張するように「ゴムガスケット」が「水密用のパッキン」に当たるとしても、アクリル板と枠体の間の全体がパッキンにより水密化されているとは認められない。
これに対し、原告は、被告製品(別紙図面2)においては拘束手段に相当する「押縁」がメタルパッキンとしての役割を兼ね、ゴムガスケットと同様にアクリル板と枠体の間の水密を保つ作用を果たしている旨主張する。しかしながら、アルミニウム製である「押縁」が、金属製である「枠体」との接触面において、「水密」、すなわち(必ずしも完全ではないとしても)水が漏れて入り込まない状況を保つ作用を果たしていることを明らかにする証拠がなく、これを認めるに足りないから、原告の主張は採用できない。
したがって、被告製品の構成b③(別紙「本件発明に関する充足論(文言侵害)」の「被告製品の構成」欄のb③)は被告主張のとおりと認められ、「ゴムガスケット」が「水密用のパッキン」に当たるか否かにかかわらず、透明樹脂板と枠体との間の全体につき水密化するためのパッキンが存在するとはいえないから、被告製品は構成要件B③を充足しない。
イ 以上のとおり、被告製品は構成要件B③を充足しないから、その余の構成要件について検討するまでもなく、被告製品に関する文言侵害は認められない。
(2) 均等侵害の成否(予備的主張。争点1-2)について
前記(1)のとおり、被告製品は、構成要件B③の「透明樹脂板・枠体間の水密用のパッキン」との構成を備えておらず、少なくともこの点において本件発明と相違するため、原告が予備的に主張する均等侵害の成否につき検討する。
ア 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
事案に鑑み、まず第2要件について検討する。
イ 第2要件について
原告は、均等侵害の第2要件につき、被告製品の「ゴムガスケット」が低い性能や形状のCRゴム製品であっても本件発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏する旨主張する。
しかし、前記(1)のとおり、被告製品については、「ゴムガスケット」が「水密用のパッキン」に当たるか否かにかかわらず、別紙図面2の「押縁」と「枠体」の接触面における水密が認められず、透明樹脂板と枠体との間の全体につき水密化するためのパッキンが存在するとはいえないという点で本件発明の構成要件B③を充足しないのであるから、被告製品の「ゴムガスケット」の性能等がいかなるものであれ、本件発明の構成要件B③を被告製品の構成に置換しても本件発明と同一の作用効果が得られるとはいえない。
原告は、本件発明の目的は、コンクリート製の防潮壁に設置された枠体の溝の内側に透明樹脂板を解除可能に固定する拘束手段で固定するというものであり、水密性能はともかく被告製品において本件発明の目的を達成できる旨を主張するが、透明樹脂板・枠体間の水密は本件発明の構成要件B③に明確に規定され、同目的達成の前提となる構成であるから、透明樹脂板・枠体間の水密化がされていない以上、第2要件は充足されない。
したがって、均等侵害の第2要件を認めることはできない。
ウ 以上のことからすると、被告製品に関して、本件発明に対する均等侵害の成立を認めることはできない(なお、被告は、原告による均等侵害についての主張は時機に後れた攻撃防御方法(民訴法157条1項)として却下されるべきであるとするが、上記主張は、争点整理中の心証開示前の段階でされたものであって時機に後れたものとまではいえないし、訴訟の完結を遅延させることとなるとも認められないから、被告の上記申立ては却下する。)。』

[コメント]
裁判所は、構成要件B③「透明樹脂板・枠体間の水密用のパッキン」について「透明樹脂板と枠体との間の全体につき水密化する(水が漏れないようにする)ためのパッキンが存在することを要するもの」と解釈し、被告製品では、透明樹脂板(アクリル板)の海側の面と「枠体」(金属製)との間には、「ゴムガスケット」と「押縁」(アルミニウム製)が存在しているため、アクリル板と枠体の間の全体がパッキンにより水密化されているとは認められない、として文言侵害を否定した。
均等侵害において、裁判所は、「パッキン」を「押縁と枠体」の構成に置換しても本件発明と同一の作用効果「透明樹脂板と枠体との間の全体につき水密化する」を奏するものではないとして、第2要件を充足しないと判断した。
しかしながら、第1要件の本質的要件において、原告は、「被告製品の「ゴムガスケット」が水密性能が期待されていないものであると仮定しても、ガスケットの水密性能によらず、・・・ガスケットの水密性能が良いか悪いかということは本件発明の本質的部分ではない」と主張したが、被告は被告製品(防潮壁)を実施しているのであり、その機能として海側から陸側へ海水が漏れることがないことが前提であると思われ、そうであれば、被告製品において、「枠体とゴムガスケットとアクリル板」との間では水密構造になっていると考えられる。つまり、本質的要件としてこの点を挙げて、「押縁と枠体」との間で海水が侵入しても、「枠体とゴムガスケットとアクリル板」が結果的に水密構造となっていれば、第2要件も充足するものと考えられる。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)

令和5年(ワ)第12280号「防潮壁および防潮壁用部品組」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ