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令和5年(ワ)第70380号「棒状ライト」事件

名称:「棒状ライト」事件
特許権侵害行為差止等請求事件
東京地方裁判所:令和5年(ワ)第70380号 判決日:令和7年3月12日
判決:請求棄却
特許法70条1項、2項、36条6項1号
キーワード:構成要件の充足性、サポート要件
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/101/094101_hanrei.pdf

[概要]
用語の普通の意味及び明細書の記載に基づき、前段の構成要件における「前記第1所定入力」と、その後段の構成要件における「前記第1所定入力」は同一の入力方法を意味するものと解釈され、また、本件発明は推薦色の発光を「前記第1所定入力」の検出のみによって行うものと限定的に解釈された結果、被告各製品が本件発明の構成要件を充足しないと判断され、さらに、本件発明はサポート要件を充足しないから権利行使も認められないとして、原告の請求が棄却された事例。

[本件発明]
A 発光部と、
B 前記発光部を発光させる複数の色のデフォルトの発光順序を定めるデフォルトパターンを記憶する記憶部と、
C 前記複数の色の中から1つの色を推薦色として設定する設定部と、
D 前記発光部を発光させる複数の色を、前記デフォルトパターンで示される発光順序で切り替える第1ボタンと、
E 前記推薦色で前記発光部を発光させるための入力を受け付ける第2ボタンと、
F 前記発光部を発光させる複数の色を、前記デフォルトパターンで示される発光順序とは逆順に切り替える第3ボタンと、
G 前記第1ボタン、前記第2ボタン、および前記第3ボタンが設けられ、内部に電源を有する把持部と、
H 前記デフォルトパターンで示される発光順序を選択する選択部を備え、
I 前記第1ボタンに対するユーザからの第1所定入力に応じて、前記選択部において選択されている前記デフォルトパターンで示される発光順序に従い、前記複数の色のうちいずれか1つの色で前記発光部を発光させる発光制御部と、を備え、
J1 前記第1ボタンは、所定時間以上継続しない押下である短押しと、前記短押しよりも長い所定時間以上継続した押下である長押しを検出可能なボタンであり、第1所定入力は前記短押しまたは前記長押しであり、
J2 前記第2ボタンは、所定時間以上継続しない押下である短押しと、前記短押しよりも長い所定時間以上継続した押下である長押しを検出可能なボタンであり、第1所定入力は前記短押しまたは前記長押しであり、
J3 前記設定部は、前記発光部が発光しているときに、前記第2ボタンの前記第1所定入力を検出した場合、そのとき前記発光部が発光している発光色を前記推薦色として、前記記憶部に記憶し、
J4 前記発光制御部は、前記第2ボタンの前記第1所定入力を検出した場合、前記設定部により前記記憶部に記憶された前記推薦色で前記発光部を発光させる
K ことを特徴とする棒状ライト。

[主な争点]
1 構成要件J3及びJ4の充足性(争点1-3)
2 サポート要件違反(争点2-2)

[裁判所の判断]
1 争点1-3(構成要件J3及びJ4の充足性)について
『(1) 被告製品1及び2についての構成要件J3及びJ4の充足性
ア 構成要件J3及びJ4の「前記第1所定入力」の意義
構成要件J2は、第2ボタンは「短押し」又は「長押し」を検出可能なボタンであり、「第1所定入力5」は「前記短押しまたは前記長押し」であることを規定し、これを受けて、構成要件J3及びJ4には、「前記第2ボタンの前記第1所定入力」との記載がある。
そして、用語の普通の意味に照らせば、構成要件J2の「第1所定入力」は、「第2ボタン」が検出する「短押し」又は「長押し」のいずれか一方の入力方法を指し、構成要件J3及びJ4の「前記第1所定入力」は、このように「第1所定入力」として特定された「短押し」又は「長押し」のいずれか一方を指すものと解するのが相当である。
また、本件明細書の【発明を実施するための形態】には、短押しと長押しとを入れ替えても同様に動作させることができ、「第1所定入力を短押し、第2所定入力を長押しとしてもよいし、第1所定入力を長押し、第2所定入力を短押しとしてもよい」(【0074】)と記載されている。この記載は、「第1所定入力」が「短押し」又は「長押し」のいずれか一方を指すことを前提に、「第1所定入力」を「短押し」としても「長押し」としてもよいことを示すものということができ、上記解釈に沿うものといえる。
したがって、構成要件J3及びJ4の「前記第1所定入力」とは、「第1所定入力」として特定された「短押し」又は「長押し」のいずれか一方の入力方法を指し、構成要件J3と構成要件J4における「前記第1所定入力」は同一の入力方法を意味するものと解される。
イ 被告製品1及び2の構成要件充足性
・・・(略)・・・被告製品1及び2は、推し色チェンジボタンないしバックボタンを、LED発光中に長押しした場合、そのときLEDが発光している発光色を登録色としてメモリに記憶し、LED発光中に短押しした場合、メモリに記憶された登録色でLEDを発光させる(構成1-j1~4、2-j1~4)。
このように、被告製品1及び2においては、推し色チェンジボタンないしバックボタンの「長押し」により登録色の記憶を行うのであるから、「長押し」が構成要件J3の「前記第1所定入力」に相当する。そうすると、構成要件J4の「前記第1所定入力」は「長押し」であることを要するが、被告製品1及び2は、上記各ボタンの「短押し」により登録色での発光を行うものであるから、構成要件J4の「前記第1所定入力」を充足しない。
したがって、被告製品1及び2は、構成要件J4を充足しない。
ウ 原告の主張について
これに対し、原告は、構成要件J3と構成要件J4における「前記第1所定入力」は、異なる入力方法であってもよいと主張する。
しかしながら、「前記」との特定がされていることに照らせば、「前記第1所定入力」は同一の入力方法を意味するものと解すべきであり、原告の主張する解釈は、特許請求の範囲の記載に基づくものとはいえない。原告の指摘するその余の点も、以上の判断を左右するものとはいえない。
したがって、原告の主張は、採用することができない。
(2) 被告製品3及び4についての構成要件J4の充足性
ア 構成要件J4の「前記第1所定入力を検出した場合、…発光させる」の意義
構成要件J4は、「前記発光制御部は、前記第2ボタンの前記第1所定入力を検出した場合、…前記推薦色で前記発光部を発光させる」というものであり、第2ボタンの「前記第1所定入力」を「検出」したときに、推薦色で発光部を発光させることが記載されている。
本件明細書によれば、本件発明は、複数回色選択ボタンを押下しないと、所望の色での発光ができないという課題を解決するため、従来よりも簡単に所望の色で発光させることができる棒状ライトを提供することを目的とし、複数の色の中から1つの色を推薦色として設定する設定部と、推薦色で発光部を発光させるための入力を受け付ける第2ボタンと、第1ボタンに対するユーザからの第1所定入力に応じて、所定の順序に従って、複数の色のうちいずれか1つの色で発光部を発光させ、第2ボタンに対するユーザからの第1所定入力に応じて所定の順序に関わらず推薦色で発光部を発光させる発光制御部を備える構成とすることにより、特定のボタンに対して特定の色を設定することによって、ボタンの押下一つで所望の色の発光を行うことができるとの効果を実現するものである(【0006】~【0008】及び【0016】)といえる。そして、本件明細書には、発光制御部が、推薦色で発光部を発光させるために、第2ボタンの第1所定入力以外の操作をすることを示す記載はない。
そうすると、本件発明は、複数回色選択ボタンを押下しないと、所望の色での発光ができないという課題に対し、特定のボタンに対して特定の色を設定することによって、ボタンの押下一つで所望の色の発光を行うことができるようにするため、「発光制御部は、前記第2ボタンの前記第1所定入力を検出した場合、前記設定部により前記記憶部に記憶された前記推薦色で前記発光部を発光させる」という構成を採用したものであり、構成要件J4の「前記第1所定入力を検出した場合、…発光させる」は、第2ボタンの「前記第1所定入力」の「検出」のみによって推薦色で発光部を発光させることを意味するものと解される。
イ 被告製品3及び4の構成要件充足性について
・・・(略)・・・前記前提事実(5)ウによれば、24色のカラーチェンジの順序を定める発光パターンで発光させるモード(トリガーボタン登録モード)の起動中に、トリガーボタンの短押しをしても、メモリに記憶された登録色でLEDを発光させることはできず、Rボタン及びLボタンを同時長押し(トリガーボタン登録モードの終了)をし、トリガーボタンの長押し(12色のカラーチェンジの順序を定める発光パターン(シンプルモード)の起動)をした上で、トリガーボタンの短押しをすることを要する(構成3-j1~4、甲7の1)。
そうすると、被告製品3及び4は、推薦色の発光を第2ボタンの「前記第1所定入力」の「検出」のみによって行うものではないから、「前記第1所定入力を検出した場合、…発光させる」との構成を有していない。
したがって、被告製品3及び4は、構成要件J4を充足しない。
ウ 原告の主張について
これに対し、原告は、本件発明に係る特許請求の範囲において、モードの切り替えをすることを排斥する記載がないことや、被告製品3及び4は、推薦色の登録機能及び推薦色による発光機能をトリガーボタンの押下により実現しており、課題及び解決手段が本件発明と共通するとともに、ボタンの一回の押下により推薦色を登録し、推薦色により発光させるという効果も本件発明と共通することから、被告製品3及び4は構成要件J4を充足すると主張する。
しかしながら、推薦色で発光部を発光させるために、モードの切り替えを要するものとすることは、ボタンの押下一つで所望の色の発光を行うとの本件発明の効果の実現を妨げるものである。また、被告製品3及び4においては、トリガーボタン登録モードの起動中にトリガーボタンを短押しし、登録色を記憶した後、シンプルモードに切り替えた上で、トリガーボタンを短押しすることにより、初めて登録色で発光させることができるから、その課題及び解決手段並びに効果において、本件発明と共通するとはいえない。
したがって、原告の主張は、採用することができない。』

2 争点2-2(サポート要件違反)について
『(1) 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に実質的に裏づけられていなければならないというサポート要件を定めるところ、その適合性の判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(2) 本件発明は、特許請求の範囲に記載されたとおりであり、第2ボタンの「第1所定入力」は「短押し」又は「長押し」であり(構成要件J2)、設定部が、発光部が発光しているときに、第2ボタンの「前記第1所定入力」を検出した場合、そのとき発光部が発光している発光色を推薦色として記憶部に記憶し(構成要件J3)、発光制御部が、第2ボタンの「前記第1所定入力」を検出した場合、設定部により記憶部に記憶された推薦色で発光部を発光させる(構成要件J4)棒状ライトに関する発明である。
そして、推薦色の記憶(構成要件J3)及び推薦色での発光(構成要件J4)についての「前記第1所定入力」は同一の入力方法を意味するものと解されるのは、前記2(1)アに説示したとおりである。
(3) 本件明細書の発明の詳細な説明には、複数回色選択ボタンを押下しないと、所望の色での発光ができないという課題について(【0006】)、設定部は、第2ボタンが長押しされた場合には、その時に発光部が発光している発光色を、推薦色として記憶部に設定し、発光制御部は、第1ボタン又は第3ボタンの短押しにより発光色の切り替えを行い、第2ボタンが短押しされた場合には、推薦色として設定されている発光色で発光部を発光させることにより(【0052】〜【0055】)、発光部が所望の色で発光しているときに、第2ボタンを長押しするだけで、推薦色として登録することができ、以降においては、使用している発光パターンの発光順序に関わりなく、第2ボタンを短押しするだけで、いつでもユーザの望むタイミングで、推薦色で発光部を発光させることができ、また、所望の色で発光しているときに第2ボタンを長押しするだけで、新たに推薦色の登録しなおしも容易に行うことができること(【0070】)の記載がある。
このように、本件明細書の発明の詳細な説明には、推薦色の記憶と推薦色での発光について、第2ボタンの異なる入力方法による構成によって課題を解決することが記載されているといえるが、推薦色の記憶と推薦色での発光について同じ入力方法による構成によって課題を解決することについては、記載も示唆もない。
以上によれば、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえないし、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということもできない。
したがって、本件発明は、サポート要件を充足せず、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告は、被告に対し、本件特許権の権利を行使することができない。』

[コメント]
裁判所は、用語の普通の意味に照らせば、構成要件J2の「第1所定入力」は、「第2ボタン」が検出する「短押し」又は「長押し」のいずれか一方の入力方法を指し、構成要件J3及びJ4の「前記第1所定入力」は、このように「第1所定入力」として特定された「短押し」又は「長押し」のいずれか一方を指すものと解するのが相当であるとして、構成要件J3及びJ4における「前記第1所定入力」は同一の入力方法を意味するものと解釈した。また、裁判所は、当該解釈に基づき、本件発明はサポート要件を満たさない点も指摘した。
ここで、本件明細書の発明の詳細な説明において、推薦色の記憶と推薦色での発光について、第2ボタンの異なる入力方法による構成によって課題を解決することが記載されている点に鑑みると、構成要件J3及びJ4の「前記第1所定入力」とは、“前記短押しまたは前記長押しである前記第1所定入力”との意図の表現であって、構成要件J3及びJ4の「前記第1所定入力」は、入力方法が互いに異なることが想定されていると解釈する余地がある。この点は、本件明細書において、発光制御部が、推薦色で発光部を発光させるために、第2ボタンの第1所定入力以外の操作をすることを示す記載がない点とも整合する。すなわち、第2ボタンの第1所定入力以外の操作をしない点を前提とすると、推薦色の記憶のための入力方法と、推薦色での発光のための入力方法が互いに異なる入力方法でないと、当該記憶及び発光を共通の第2ボタンで実現することは困難である。この点は、技術常識から参酌可能と考えられる。
上記に鑑みると、構成要件J3及びJ4における「前記第1所定入力」は同一の入力方法を意味するとの裁判所の解釈には誤りがあった可能性がある。しかしながら、本件明細書の実施形態では、推薦色で発光部を発光させる入力操作は“第2所定入力”と、特許請求の範囲における“第1所定入力”とは異なった表現がなされており、この点に鑑みると、裁判所が、“前記第1所定入力”との用語の普通の意味に照らして特許請求の範囲を解釈したことも理解できる。つまり、特許請求の範囲と発明の実施形態とを共通の表現としておけば、特許請求の範囲の解釈に疑義を生じさせにくく、好ましい表現であったといえよう。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)

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