IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和5年(ワ)第70449号「締結金物」事件
名称:「締結金物」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:令和5年(ワ)第70449号 判決日:令和7年3月26日
判決:請求棄却
特許法104条の3第1項、29条1項3号
キーワード:無効の抗弁、新規性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/135/094135_hanrei.pdf
[概要]
本件発明と引用発明において、特許請求の範囲において特定された目的(作用・効果)を奏するか明確な言及がないとの一応の相違点につき、本件発明と形状において同一の構成を備える引用発明では、当該作用・効果が必然的に得られるとして、上記相違点は実質的な相違点ではなく、本件発明は当該引用発明の存在を根拠に新規性を欠く、と判断された事例。
[本件発明]
A 支持部材(51)の側面に結合部材(61)の端面を丁字状に締結するための締結金物であって、
B 支持部材(51)の側面に接触し且つボルト(41)や釘(45)等で支持部材(51)に固定される前面部(11)と、結合部材(61)の端部に加工されたスリット(62)に差し込まれ且つドリフトピン(47)等の棒材で結合部材(61)に固定される後縁部(31)と、を有し、該前面部(11)と該後縁部(31)は離れて配置され、
C 前記前面部(11)には、ボルト(41)や釘(45)等を挿通するための前孔(19)を設け、前記後縁部(31)には、ドリフトピン(47)等を挿通するためのピン孔(36)またはドリフトピン(47)等を受け止めるピン溝(34)を設け、
D 前記前面部(11)と前記後縁部(31)は、過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため、帯状に延びる複数の枝状部(23、25、27)を介して一体化していることを特徴とする締結金物。
[主な争点]
甲5に基づく新規性欠如(争点3)
[裁判所の判断]
『2 甲5に基づく新規性欠如(争点3)について
事案に鑑み、争点3から判断する。
(1) 本件発明と甲5発明の相違点
ア 意匠に係る物品を柱材連結金具とする意匠登録公報である甲5文献には、別紙甲5図面記載のとおりの図面の記載がある(甲5)。・・・(略)・・・
イ 本件発明は、前記前提事実(3)の特許請求の範囲の請求項1記載のとおりであり、甲5発明が本件発明の構成要件A~Cの構成を備えていることには争いがないところ、本件発明と甲5発明は、次の点で一応相違する。
[相違点1]
本件発明は、「複数の枝状部」について、「過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため」との目的(枝状部の作用・効果)が記載されているが、甲5発明は、「複数の細板部」について、過大な荷重が作用した際にどのような目的・作用・効果を奏するか明確な言及がない点。
(2) 相違点1について
ア 構成要件Dの「過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため」の意義
本件明細書によれば、本件発明が解決しようとする課題は、・・・(略)・・・締結部の安全性や安定性を確保するには、締結金物を意図的に変形させてエネルギーを吸収して、部材のヒビ割れの発生や成長をできるだけ遅くすることが好ましいことから、梁などの部材に過大な荷重が作用した際、部材の破壊をできるだけ遅くすることができ、安全性や安定性に優れた締結金物を提供することであり(【0008】、【0010】)、このような課題を解決するための手段として、前面部と後縁部を複数の枝状部で一体化し、そうすることで、ドリフトピン等に過大な荷重が作用した際、枝状部の根元付近を支点として、枝状部が押し下げられるように塑性変形していくことによって、エネルギーが吸収され、部材に作用する負荷が軽減して、部材のヒビ割れの発生や成長をできるだけ遅くすることとし(【0017】)、これによる本件発明の効果は、支持部材と結合部材との間に過大な荷重が作用した際、枝状部の応力が高くなり、その結果、枝状部は、部材のヒビ割れが成長する前に塑性変形していき、エネルギーが吸収され、部材の破壊をできるだけ遅くすることができることである(【0023】)。
また、本件明細書の【発明を実施するための形態】には、枝状部23、25、27の断面積は有限であり、必然的に強度が劣るため、結合部材61に過大な荷重が作用すると、枝状部23、25、27は屈曲するように塑性変形していき、その際、荷重によるエネルギーを吸収して、部材の破壊をできるだけ遅くすることができること(【0033】)及び本件発明に係る枝状部を有する締結金物と、枝状部のない従来の締結金物に荷重をかけて比較する試験に基づき、本件発明に係る締結金物は、枝状部を設けたことで、早い段階で塑性変形が発生し、より多くのエネルギーが吸収され、部材の破壊を遅らせる効果があり、また、短期許容耐力が向上すること(【0042】~【0048】)が記載されている。
以上の記載によれば、本件発明は、前面部と後縁部を複数の枝状部で一体化する構成を備える締結金物が、このような枝状部の構成を備えない従来の締結金物より必然的に強度が劣ることを踏まえて、このような枝状部の構成を、課題を解決するための手段として採用したものであり、その結果、過大な荷重が作用した際に、枝状部が塑性変形していくことによって、エネルギーが吸収され、部材の破壊をできるだけ遅くするという作用・効果が得られることにより、課題を解決するものであるといえる。
そして、本件明細書には、上記の作用・効果を得るために必要な構成として、前面部と後縁部を複数の枝状部で一体化する以上の構成は開示されていないから、構成要件Dの「過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため」との記載は、前面部と後縁部を複数の枝状部で一体化する構成により果たそうとする目的ないし必然的に得られる作用・効果を示すものにすぎず、発明の構成を限定する意味をもたない。
イ 相違点1が実質的な相違点といえるか
柱材連結金具は締結金物であり、その性質上、過大な荷重が作用する場合があることは自明であるところ、前記(1)に説示したところに照らせば、甲5発明の柱材連結金具は、本件発明の締結金物と、形状において、同一の構成を備えている。
そして、金属製の部材の使用時に、締結金物に耐力強度を超える荷重が作用した場合、締結金物に塑性変形が生じること、及び、枝状部の構成を備える締結金物は、枝状部の構成を備えない締結金物より、耐力強度が劣り塑性変形しやすいことは本件出願時における技術常識であり(当事者間に争いがない。)、これらの技術常識を踏まえれば、甲5発明の複数の細板部は、本件発明と形状において同一の構成を備えることにより、「過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため」と表現される作用・効果を必然的に得られるものである。また、甲5文献において前記(1)アの構成5dを備えることの目的又は作用・効果について明確な言及がないとしても、甲5発明の構成により得られる作用・効果が変わるものではない。
そうすると、相違点1は、実質的な相違点ではなく、本件発明は、甲5発明と実質的に同一の構成を備えるといえるから、新規性を欠く。
ウ 以上に対し、原告らは、①本件発明の基本的技術思想は、枝状部の介在によって、締結金物が破壊しない場合を前提とする部材の破壊を遅延させ、締結金物及び部材の双方の破壊を想定する短期許容耐力を向上させるという二つの意味で、部材の破壊を生じ難くすることであり、②構成要件Dの「過大な荷重」は、支持部材又は結合部材の少なくとも一方において、ひび割れが発生するように作用する荷重を客観的な基準とし、構成要件Dは、所定の数、長さ、幅、厚さを有する枝状部が、このような過大な荷重に対応して塑性変形を可能とするような種類の金属を採用していることを前提としているとして、意匠を開示する文献である甲5文献に、上記①②の点の開示があるといえないから、本件発明と甲5発明が実質的に同一であるとはいえないと主張する。
しかしながら、上記①の点について、前記アによれば、本件発明の技術思想は、前面部と後縁部を複数の枝状部で一体化する構成を備える締結金物が、このような枝状部の構成を備えない従来の締結金物より必然的に強度が劣ることを踏まえて、このような枝状部の構成を採用し、その結果、過大な荷重が作用した際に、枝状部が塑性変形していくことによって、エネルギーが吸収され、部材の破壊をできるだけ遅くするというものであり、原告らの主張は、本件明細書に基づくものではない。また、上記②の点について、本件明細書に、枝状部の数、長さ、幅、厚さ等に応じた「過大な荷重」の程度を特定する記載はなく、まして、原告らの主張する客観的な基準に基づくものであることの記載はないし、締結金物の金属の種類についての記載もない。本件発明に上記①②の事項が含まれていると解することはできないから、原告らの主張は前提を欠く。
甲5発明の柱材連結金具の複数の細板部は、本件発明の締結金物の複数の枝状部と形状において同一の構成を備えることにより、「過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため」と表現される作用・効果を必然的に得られるのは前記イのとおりであり、甲5文献が意匠を開示する文献であることや、甲5文献に「過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため」との記載がないことは、前記イの判断を左右するものではない。
したがって、原告らの主張を採用することはできない。
(3) その他、原告らが主張するところを検討しても、前記(2)の結論を左右するものとはいえず、本件発明は、甲5発明と実質的に同一の構成を備えているから、新規性を欠いており、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。
よって、原告らは被告に対してその権利を行使することができない。』
[コメント]
特許請求の範囲では、「複数の枝状部」について、「過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため」との目的(枝状部の作用・効果)が記載されているが、登録意匠公報である甲5文献記載の発明(甲5発明)では、「複数の細板部」について、過大な荷重が作用した際にどのような目的・作用・効果を奏するか言及がなく、この点が実質的な相違点であるかが争点となった。
本件発明は、前面部と後縁部を複数の枝状部で一体化する構成を備える締結金物が、このような枝状部の構成を備えない従来の締結金物より必然的に強度が劣ることを踏まえて、このような枝状部の構成を採用し、その結果、過大な荷重が作用した際に、枝状部が塑性変形していくことによって、エネルギーを枝状部に吸収させて部材の破壊をできるだけ遅くするとの効果を実現したものである(本件発明に係る明細書の段落[0023]等)。この点に鑑みると、裁判所が、本件発明の締結金物の複数の枝状部と形状において同一の構成を備える甲5発明の複数の細板部では、「過大な荷重が作用した際に変形を誘発させるため」と表現される作用・効果が必然的に得られるとして上記相違点は実質的な相違点でないと認定したのは妥当であろう。
以上
(担当弁理士:廣田 武士)
令和5年(ワ)第70449号「締結金物」事件
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