IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和4年(ワ)第7976号「ACK/NACK信号を受信する方法・装置」事件
名称:「ACK/NACK信号を受信する方法・装置」事件
侵害差止等請求事件
東京地裁:令和4年(ワ)第7976号 判決日:令和7年4月30日
判決:請求認容
特許法第100条1項、2項、第102条3項、民法709条
キーワード:FRAND宣言、FRAND料率
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94200.pdf
[概要]
本訴訟前協議および本訴訟和解協議においてライセンス料交渉が合意できず、FRAND料率が判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、被告製品が本件特許に係る発明の技術的範囲に属すると主張して、被告に対し、輸入販売等が本件特許権の侵害及び本件第1特許権の間接侵害を構成するとして、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の輸入等の差止め及び被告製品の廃棄を求めるとともに、民法709条及び特許法102条3項に基づく損害賠償金の一部請求として、1000万円及び遅延損害金の支払を求めた。
[主な争点](争点5を示し、他は省略)
損害額の算定(FRAND条件によるライセンス料相当額。〔争点5〕)
[裁判所の判断]
『第7 損害額の算定(FRAND条件によるライセンス料相当額〔争点5〕)
本件請求のうち、FRAND条件によるライセンスに係る実施料相当額の範囲内の損害賠償に関する部分は、被告は権利の濫用を主張するものではなく、前記において説示したところによれば、理由がある。以下、算定基準を示した上、上記実施料相当額を算定する。
1 算定基準
特許法102条3項は、特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であり、「特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」と規定している。そうすると、同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。そして、実施に対し受けるべき料率は、①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきであり(知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10063号令和元年6月7日特別部判決〔令和元年大合議判決〕)、上記の理は、FRAND条件による標準必須特許の実施に対し受けるべき料率(以下「FRAND料率」という。)についても異なるところはない。
そして、FRAND料率については、標準規格に準拠した製品の製造等に実施される標準必須特許のグローバルな性質及び膨大な特許数に鑑みると、①当該標準必須特許の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料のグローバルな相場等も考慮に入れつつ、②膨大な特許数の個別価値をそれぞれ認定するのは実務上困難であるから、各標準必須特許の価値が全て同一であるものと推認し、全標準必須特許の価値を全標準必須特許の数で割ることによって一標準必須特許の価値を算定する一方、当該標準必須特許の実施料率を累積した実施料の合計額が合理的な範囲にとどまるようにすべきであり、③この場合において、全標準必須特許を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献を考慮するほか、④FRAND料率は、文字どおり公正かつ合理的で非差別的な条件をもって、本来的には必須宣言特許権者と必須特許実施者との間で誠実交渉し可及的速やかにグローバルで合意されるべきものであるから、当該合意を後押しする観点から、当事者間の交渉経過、必須特許実施者におけるFRAND条件によるライセンスを受ける意思その他訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。
2 本件への当てはめ
(1) 基本的枠組み
前記認定に係る交渉経過等及び弁論の全趣旨によれば、侵害品である被告製品の売上高を基準とし、そこに、FRAND条件による本件特許の実施に対し受けるべき料率(以下「本件FRAND料率」という。)を乗じて算定することとし、本件FRAND料率については、LTE規格に係る全標準必須特許の実施料率(以下「LTE規格全実施料率」という。)をLTE規格に係る全標準必須特許の数(以下「LTE規格全特許数」という。)で割り、これに本件特許の数を乗ずることによって算定するのが相当である。
もっとも、LTE規格全実施料率について、原告は、●(省略)●を直接の根拠として27%であると主張するのに対し、被告は、LTE規格に準拠していることが売上げに寄与したと認められる割合(以下「LTE規格寄与率」という。)を25%とした上、Unwired Planet v. Huawei判決、TCL v. Ericsson判決、Huawei v. Samsung判決(乙41ないし43)が示したLTE規格の累積ロイヤリティ料率(以下、単に「累積ロイヤリティ料率」という。)の各中間値の平均値7.9%を、上記25%(LTE規格寄与率)に乗じた0.0198%とすべきであるとし、当事者双方提示に係る本件FRAND料率が余りにも大きくかけ離れていたため、当事者間において合意に至らなかったものである。
・・・(略)・・・
(2) FRAND料率の算定方法
ア 被告の算定方法の当否
被告は、LTE規格寄与率25%に対し、Unwired Planet v. Huawei判決、TCL v. Ericsson判決、Huawei v. Samsung判決で示された累積ロイヤリティ料率の各中間値の平均値7.9%を乗じた0.0198%とすべきであると主張する。
そこで検討するに、Unwired Planet v. Huawei判決は、「累積ロイヤリティ料率」を8.9%としているところ、同判決は、4Gの売上高に対し、4Gの全標準必須特許に係る実施料率として「累積ロイヤリティ料率」を乗じていると解されることからすると、同判決にいう「累積ロイヤリティ料率」とは、本件にいう「LTE規格全実施料率」と同義をいうものであり、この理は、被告指摘に係るTCL v. Ericsson判決、Huawei v. Samsung判決についても異なるところはない。そうすると、被告の主張は、本判決にいう「LTE規格全実施料」に対し、更に「LTE規格寄与率」を重ねて乗ずるものであるから、極めて過小な実施料率を算定するものであり、実施料のグローバルな相場等に照らしても、合理的なものといえないことは明らかである。
・・・(略)・・・
そもそも、損害額の算定は、当事者の主張立証の限度において裁判所の総合的かつ裁量的な判断で定められるべきところ、アップルサムソン大合議判決においては、当事者双方において「累積ロイヤリティ料率」を5%とすることを前提として主張がされていたのに対し、本件においては、アップルサムソン大合議判決にいう「累積ロイヤリティ料率」なる概念が具体的かつ正確に主張立証されていないのであるから、当該概念を前提とする算定方法は、少なくとも本件に適切なものとはいえず、また、当事者双方の主張立証及び標準規格の内容が異なる以上、アップルサムソン大合議判決が示したFRAND料率と本件FRAND料率を比較するのも、当を得たものとはいえない。
のみならず、アップルサムソン大合議判決の後においては、令和元年大合議判決が、特許法102条3項の算定方式全般の重要な指針を改めて示しているのであるから、FRAND料率については、標準必須特許のグローバルな性質に鑑みても、令和元年大合議判決が説示する判断枠組みに基づき、裁判例の国際的な展開をも踏まえ、日本においてもグローバルな変化に対応し、FRAND料率を認定するのが相当である。
イ 原告の算定方法の当否
原告は、●(省略)●を直接の根拠として、27%とすべきであると主張する。
そこで検討するに、「LTE規格全実施料率」は、当該標準必須特許の実施料率を累積した実施料の合計額が合理的な範囲にとどまるようにすべきものであることは、前記において説示したとおりである。しかしながら、●(省略)●27%は、基本的には、各社算定に係るロイヤリティ料率を累積するなどしたものであり、その具体的な根拠も直ちに明らかではないことからすると、原告の主張に係る「LTE規格全実施料率」は、累積した実施料の合計額が合理的な範囲にとどまるものとはいえない。
また、原告は、特許権侵害に当たることが判明した本件においては、いわゆる侵害プレミアムとして、特許法102条4項に基づく考慮をすべきであるから、ライセンス交渉段階における料率よりも、高いFRAND料率が採用されるべきである旨主張する。しかしながら、FRAND料率は、文字どおり公正かつ合理的で非差別的な条件をもって合意されるべきものであることは、前記において説示したとおりである。そうすると、当事者双方においてFRAND条件の算定方法についての認識の相違はあったものの、被告は同条件によるライセンスを受ける意思を有していたといえるから、原告主張に係る事情は、FRAND条件の性質に照らし、FRAND料率を増額する事情をいうに足りない。
ウ 以上によれば、当事者双方の上記各主張は、上記の限度でいずれも採用することができない。
(3) 売上高
被告製品の売上高(被告LTE製品は●(省略)●円、被告5G製品は●(省略)●円)は、合計●(省略)●である(弁論の全趣旨)。
(4) LTE規格全実施料率
ア 前記認定に係る交渉経過によれば、Unwired Planet v. Huawei判決が当事者間において交渉の念頭に置かれていたところ、証拠(乙41ないし43、140ないし142)によれば、LTE規格全実施料率について、UnwiredPlanet v. Huawei判決(2017年)は8.8%(乙41)、TCL v. Ericsson判決(2017年)は6~10%(乙42)、Huawei v. Samsung判決(2018年)は6~8%(乙43)が相当であるとされ、その上限の平均値は、8.9%であることが認められる。そして、証拠(甲4の1ないし16)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品には、LTE通信のみならず5G通信にも対応している製品(被告製品1ないし14〔被告5G製品〕)と、LTE通信には対応しているものの5G通信には対応していない製品(被告製品15及び16〔被告LTE製品〕)が認められるところ、いずれもWi-Fi及びBluetoothの無線通信機能を有していることが認められる。また、証拠(乙109、112、114、116、118、120ないし122、124)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品は、カメラ、CPU、ディスプレイ、バッテリー、オーディオ機能を始め、製品によっては、端末冷却機能や背面のサブディスプレイ、指紋認証システム等を有するなど、通信機能以外にもその売上げに貢献している部分が認められるほか、被告及びASUS台湾によるマーケティング活動によって、被告製品は低価格で品質が良いというブランドイメージが形成され、これが一定程度売上げに貢献していることが認められる。
これらの事情のほか、本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、LTE規格全実施料率は、9%であると認めるのが相当である。もっとも、被告5G製品は、当事者双方の主張立証の限度で検討すれば、LTE規格全実施料率を基準として、LTE通信の上位互換である5G通信の機能を更に総合的に考慮するのが相当である。そして、上記認定事実のほか、LTE通信と5G通信は、2G通信及び3G通信とは大きく異なり、いずれもOFDMシンボルによる送受信を採用するなど共通性が高いこと、その他本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、被告5G製品に限り、LTE規格全実施料率は、8%の限度で認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
(5) LTE規格全特許数
原告は、Unwired Planet v. Huawei判決を踏まえ、LTE規格の標準必須特許のファミリー数は約800件とすべきである旨主張するのに対し、被告は、Unified Patentsの調査(乙90)によれば、LTE規格のFRAND宣言された特許ファミリーは、無作為抽出した1万6036件のうち1817件であり、その無作為抽出した件数は全数ではないから、その特許ファミリーは、少なくとも1817件存在する旨主張する。
そこで検討するに、証拠(乙90、91)及び弁論の全趣旨によれば、Unified Patentsによる調査を踏まえると、LTEに関してFRAND宣言された特許ファミリーについて、無作為に抽出した1万6036件のうち、1817件が当該特許ファミリーであったことが認められる。しかしながら、技術常識及び弁論の全趣旨を踏まえれば、当該特許の有効性等に鑑みると、FRAND条件によるライセンスの対象となるべき特許数は、これよりも少ないものと推認するのが相当である。他方、Unwired Planet v. Huawei判決(甲19)によれば、LTE規格全特許数は、約800件とされているところ、当該判決が2017年のものであり、技術常識及び弁論の全趣旨によれば、その後にLTE規格に採用された標準必須特許は増加したことが十分にうかがわれることからすると、少なくとも現時点においては、上記の件数を直ちに採用するのは相当ではない。その他に、当事者双方の主張立証の内容その他本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、LTE規格全特許数は、1300件と認めるのが相当である。
なお、本件特許の数についてみると、本件特許は、上記にいう同一の特許ファミリーに属するものであるから(弁論の全趣旨)、当事者双方の主張立証の内容その他本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、本件特許の数は、FRAND条件によるライセンス料相当額の算定に当たっては、上記1300件と単位を合わせるのが相当であるから、1件として計算すべきことになる。
3 結論
以上によれば、FRAND条件によるライセンス料相当額は、被告製品の売上高(被告LTE製品●(省略)●円、被告5G製品●(省略)●円)に対し、LTE規格全実施料率(被告LTE製品9%、被告5G製品8%)を乗じた上、LTE規格全特許数(1300件)で割るのが相当であるから、以下の計算式のとおり、損害額は、合計●(省略)●円となる。
(1) 被告LTE製品
●(省略)●円×9%÷1300=●(省略)●円
(2) 被告5G製品
●(省略)●円×8%÷1300=●(省略)●円
(3) 合計額
●(省略)●円+●(省略)●円=●(省略)●円』
[コメント]
裁判所は、『標準必須特許のグローバルな性質に鑑みても、令和元年大合議判決が説示する判断枠組みに基づき、裁判例の国際的な展開をも踏まえ、日本においてもグローバルな変化に対応し、FRAND料率を認定するのが相当である』とし、原告被告双方の主張をいずれも妥当ではないものとした。算出方法の考え自体は新しいものでないが、FRAND料率の設定を考えるうえで参考になる。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)
令和4年(ワ)第7976号「ACK/NACK信号を受信する方法・装置」事件
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