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令和6年(ネ)第10086号「収容容器」事件

名称:「収容容器」事件
意匠権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和6年(ネ)第10086号 判決日:令和7年6月26日
判決:原判決中被告敗訴部分取消/原告控訴棄却
関連条文:意匠法第3条第1項第3号
キーワード:意匠の類否、意匠の要部、基本的構成態様、具体的構成態様
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94249.pdf

[概要]
本件登録意匠の要部の一部(具体的構成態様④)が際立ちにくく、その他の要部が共通しているとして本件登録意匠が被告意匠に類似する、と判断した原審を否定し、本件登録意匠の具体的構成態様④がむしろ認識しやすく、美観に与える影響が大きいとして、具体的構成態様④が共通しない被告意匠に本件登録意匠が類似しないと判断された事例。

[本件登録意匠と被告意匠]
本件登録意匠の意匠に係る物品は「収容容器」であり、被告意匠に係る商品は、生活雑貨などの家庭用品を収容する容器であり、物品同一である。下記図は判決文に添付の図である。

[本件登録意匠の要部の図示]
※理解を容易にするために、下記基本的及び具体的構成態様を筆者が図示した。

[原告意匠と被告意匠の構成態様の認定(別紙構成態様)]
原告意匠 被告意匠
基本的構成態様
①-1

①-2  略楕円形状で小判型の底面とこれより大きい略楕円形状で小判型の上面とからなる中空の逆略楕円錐台形状の上面が開口された形状をなす収納容器本体と、
その収納容器本体の長手方向の両端上部に対向して設けられた縄紐からなる一対の把手と から構成されている。 原告意匠に同じ 共通点
具体的構成態様
②-1 【本体の形状】収納容器本体は、側面が滑らかな面からなり、軟質の合成樹脂で一体に形成されたような外観であり、 【本体の形状】収納容器本体は、側面が滑らかな面からなり、軟質の合成樹脂で一体に形成されたような外観であり、 共通点
②-2 正面視及び背面視において、収納容器本体の上辺の長さと下辺の長さと高さの比率は、約10:7.4:7.4であり、また、側面視において、収納容器本体の上端部の幅と下端部の幅の比率は約6.7:5.2である。 正面視及び背面視において、収納容器本体の上辺の長さと下辺の長さと高さの比率は、イ号意匠では約10:8.1:7.7、ロ号意匠では約10:7.9:7.6、ハ号意匠では約10:8:7.5で、側面視において、収納容器本体の上端部の幅と下端部の幅の比率は、イ号意匠では約6.8:5.1、ロ号意匠では約6.8:5.2、ハ号意匠では約6.8:5.1であり、イ号意匠ないしハ号意匠の正面視及び背面視における収納容器本体の中央の高さと両端の高さの比は1:1である。 差異点1
③ 【把手の形状】一対の把手は、二本の短い縄紐からなっており、収納容器本体の長手方向の両端上部の外周面に対向して穿設された左右一対の小さな透孔に太さのある縄紐の両端部を収納容器本体の外側からそれぞれ挿通し、縄紐の各端部に大きな止め結びを形成し、その止め結びの先の縄紐がほつれて末広がり状となっていて、その止め結びの存在が収納容器本体の上端の開口部から見えるようになっており、収納容器本体の外側に存在する縄紐はU字状に垂下して設けられている。 原告意匠に同じ 共通点
④ 【上辺の形状】収納容器本体の上辺は、正面視及び背面視において、倒弓状に形成されて、中央部は略平坦状に表されており、左寄り及び右寄りの曲率が次第に大きくなって、本体部の左右両端の上端付近との間が先尖り状に表されており、側面視において、中央部に向かって立ち上がり、弧状の凸状面として突設した形状であり、全体として、長辺は中央部に向かって緩やかに下降し、短辺は中央部に向かって緩やかに上昇する曲線を描く形状である。 【上辺の形状】収納容器本体の上辺は、正面視、背面視及び側面視において水平な直線形状であり、全体としても水平な直線形状である。 差異点2
⑤ 【底部の突起】収納容器本体底面の長手方向両端の円弧状部には、その円弧の中央部とその両側に等間隔でそれぞれ三個の小さな突起が設けられている。 原告意匠に同じ 共通点

[裁判所の判断]
『2 類否判断の基準
意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有しているところ(意匠法23条本文)、登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとされている(同法24条2項)。この類否の判断は、登録意匠に係る物品の性質、用途、使用態様を考慮し、更には公知意匠にはない新規な創作部分の存否等を参酌して、当該意匠に係る物品の看者となる需要者の視覚を通じて最も注意を惹く部分(意匠の要部)を把握し、この部分を中心に、両意匠の構成を全体的に観察・対比して認定された共通点と差異点を総合して、両意匠が全体として美感を共通にするか否かによって判断するのが相当である。』
『5 原告意匠の要部
(1) 登録意匠に係る物品の性質、用途、使用態様の考慮
原告意匠に係る物品は、生活雑貨などの家庭用品を収納する容器であり、その需要者は個人消費者であると認められる。そうすると、取引者においても、需要者である個人消費者が重視する部分を重視するものと認められる。
そして、証拠(甲12、13の1~4、15の1~6、23、25(20頁の「添付書類の目録」(2)に掲記されているもの)、乙14、15、53~56、61)及び弁論の全趣旨によれば、原告商品及び被告商品の需要者(いずれも、原告意匠に係る物品の需要者といえる。)は、収納容器として家庭用品を収納し、これを持ち運ぶという基本的な用途、使用態様のほか、物を収納した収納容器を、棚などの収納場所のみならず、室内の床やテーブルの上に置いて使用し、物を収納しない時も同様の場所に置いたり、複数の収納容器を重ねて保管したりするという態様で使用することもあり、このような使用態様においては、インテリアの一部としての外観も重視するものと認められる。
これらのうち、収納容器としての使いやすさや持ち運ぶ際の便利さの観点からは、収納容器全体の形状(基本的構成態様①)が需要者の注意を強く惹く部分であることは明らかである。
また、物を収納し又は収納することなく使用する際のインテリアの一部としての外観という観点からは、基本的構成態様①に加え、収納容器本体の外形を特徴付ける部分の形状である「側面が一面の滑らかな面からなり、軟質の合成樹脂で一体に形成されたような外観」である構成(以下「具体的構成態様②-1」という。)、把手の形状である具体的構成態様③及び上辺の形状である具体的構成態様④が、需要者の注意を強く惹く部分であるといえる。
なお、具体的構成態様②-1が原告意匠の外形を特徴付ける部分の形状の一つであることは、これを有しない甲19の3・5、乙4から8までの各公知意匠と原告意匠とを比較しても、明らかである。
以上によれば、登録意匠に係る物品の性質、用途、使用態様を考慮した場合に需要者の注意を惹く部分は、基本的構成態様①を前提にした具体的構成態様②-1、③及び④である。
他方、具体的構成態様②のうち収納容器本体の形状の比率に係る構成(※筆者追記、②-2)は、基本的構成態様①を備えた上での具体的構成態様としては、需要者の注意を惹く部分とはいえない。
また、収納容器本体底面の小さな突起に係る具体的構成態様⑤も、需要者の注意を惹く部分とはいえない。』
『(2) 公知意匠の参酌
前記(1)の需要者の注意を惹く部分と認められる原告意匠の構成態様を中心に、公知意匠にはない新規創作部分の有無について、別紙公知意匠目録記載の公知意匠を踏まえて検討する。
ア 基本的構成態様①について
甲9、19の1、19の4、乙2、26及び27の各意匠は、・・・(略)・・・「基本的構成態様①-1を有するが、・・・(略)・・・「基本的構成態様①-2」を有していない。』

『乙6から8までの各意匠は、基本的構成態様①-2を有しているが、これらの意匠の本体は箱状であり、基本的構成態様①-1を有していない。
その他、基本的構成態様①のすべてを有する公知意匠は見当たらない。』

『イ 具体的構成態様②-1について
甲9、10、19の1・2・4、乙2、3、26、27の各意匠は、いずれも側面が滑らかな面からなり、軟質の合成樹脂で一体に形成されたような外観であり、収納容器本体の形状に係る具体的構成態様②-1は、ありふれた形状と認められる。
ただし、いずれの公知意匠も、前記アのとおり、基本的構成態様①の全部又は一部を有していないほか、具体的構成態様③も有していない。(乙2意匠の縄紐からなる把手も「太さのある」とはいい難く、「止め結び」もない。)。』

『ウ 具体的構成態様③について
乙6から8までの各意匠は、具体的構成態様③を有しているか、少なくとも類似する構成を有していると認められる。ただし、いずれの公知意匠も、前記アのとおり基本的構成態様①-1を有しないほか、具体的構成態様②-1、④も有していない。』

『エ 具体的構成態様④について
(ア) 甲9、10、19の4、乙26及び27の各意匠は、収納容器本体の上辺が、正面視及び背面視においては、両端から中央部に向かって緩やかに下方に湾曲した緩やかな円弧を形成し、かつ、側面視においては、中央部に向かって立ち上がり、全体が弧状の凸状面として突設した形状を有し、全体として、長辺は中央部に向かって緩やかに下降し、短辺は中央部に向かって緩やかに上昇する曲線を描く形状であると認められる。
ただし、いずれの公知意匠も、前記アのとおり基本的構成態様①-2を有しておらず、具体的構成態様③も有していない。
(ウ)したがって、前記(ア)の各公知意匠は、具体的構成態様④を有しているか、少なくとも類似する構成を有していると認められる。』

『(3) 原告意匠の要部の認定
以上のとおり、登録意匠に係る物品の性質、用途、使用態様を考慮すると、需要者の注意を惹く部分といえるのは基本的構成態様①、具体的構成態様②-1、③及び④であるが、公知意匠を参酌すると、いずれの構成態様も、それ自体を個別にみれば、いずれかの公知意匠に存在する構成であるから、公知意匠にない新規な創作部分ということはできない(したがって、仮に、原告意匠の構成態様のうち既存の公知意匠に存在する構成を除外するならば、原告意匠には何ら新規の創作部分がないことになる。)。
しかし、これらの構成態様を全て備えた公知意匠は見当たらないことを踏まえると、結局、原告意匠の新規な創作部分は、これらの構成を組み合わせ、全体として統一的な美観を起こさせる構成とした点にあるというべきである。すなわち、原告意匠は、その基本的構成態様①、具体的構成態様②-1、③及び④をすべて組み合わせた結果、新規な創作性が認められるのであるから、これらの各構成態様は、いずれも原告意匠の要部を構成するものと認めることができるというべきである。
6 原告意匠と被告意匠の対比
・・・(略)・・・
イ 収納容器本体の上辺の形状である具体的構成態様④について、別紙構成態様の原告意匠欄及び被告意匠欄の各④欄記載のとおり、原告意匠は、正面視、背面視及び側面視において同欄記載の曲線で表され、全体として、長辺は中央部に向かって緩やかに下降し、短辺は中央部に向かって緩やかに上昇する曲線を描く形状であるのに対し、被告意匠の収納容器本体の上辺は、正面視、背面視及び側面視において水平な直線形状であり、全体としても水平な直線形状である(以下「差異点2」という。)。
・・・(略)・・・
ウ 差異点2は、原告意匠の収納容器の上部の形状に関するものであり、具体的構成態様④は、前記アのとおり、基本的構成態様①、具体的構成態様②-1及び③とともに、原告意匠の要部を構成する部分である。
この点、原告は、個人消費者が収納容器を観察する場合、斜め上方から見下ろすのが通常であり、その場合、収納容器本体の上辺の形状は需要者の印象に残り難いと主張する。
前記5(1)のとおり、需要者は、収納容器を室内の床やテーブルの上に置いて使用することがあり、そのような使用態様においては、インテリアの一部としての外観も重視するものと認められる。実際、原告商品を紹介する各雑誌記事等(甲13の3・4、甲23、乙55)や、原告商品を扱う楽天市場のウェブページ(乙48)には、そのような使用態様を前提に、斜め上方の様々な角度からの画像が多数掲載されている。
また、原告意匠の意匠公報(甲8の2)の各図面をみても、原告意匠の上辺全体の形状を最も的確に把握することができるのは斜視図であるといえるし(垂直に近い角度から見下ろせば、より平面図に近い外観となって上辺の曲線は視認しづらくなるが、インテリアの一部としての外観を重視する需要者が、そのような視点からの外観を重視するとは認め難い。)、多数の収納容器を扱うAmazonのウェブページ(乙38の1の1~3の2、乙60)をみても、ほとんどの商品が斜め上方からの画像で紹介されており、上辺全体を含め、「器」としての形状が分かりやすいものとなっていることが認められる。
そして、これらの画像をみると、確かに、収納物の状況如何では、収納容器の上辺の形状が分かりにくい場合もあるが、収納前の状態で斜め上から見下ろしたときは、原告の主張とは異なり、上辺の形状、原告商品についていえば曲線を描く上辺全体の形状は、むしろ認識しやすいというべきである。
以上によれば、需要者が斜め上方からの外観を重視することは認められるが、これを考慮しても、差異点2に係る原告意匠の具体的構成態様④は需要者の注意を強く惹く部分であり、美観に与える影響は大きいというべきである。』
『(4) 類否の判断
前記5(3)のとおり、原告意匠の要部は、基本的構成態様①、具体的構成態様②-1、③及び④により構成されるから、具体的構成態様④に係る差異点2がある被告意匠は、基本的構成態様①、具体的構成態様②-1、③が共通するとはいえ、具体的構成態様④が一致しない以上、原告意匠の要部において異なることになる。
そして、差異点2に係る収納容器の上辺の形状である具体的構成態様④は、前記のとおり、それ自体としては公知意匠にも存在する構成であるが、「器」の外形的特徴を示すものとして需要者の注意を強く惹く部分の一つであり、美感に与える影響は大きいということができる(なお、公知意匠にも存在する構成であることは、共通点に係る基本的構成態様①、具体的構成態様②-1、③も同様である。)。
原告意匠を全体的にみても、平面視で略楕円形の上面と底面からなる逆略楕円錐台形状(基本的構成態様①-1)、滑らかな側面(具体的構成態様②-1)及び長辺が中央部に向かって緩やかに下降し、短辺は中央部に向かって緩やかに上昇する曲線を描く上辺の形状(具体的構成態様④)からなる収納容器本体は、曲線的な柔らかい印象を与え、長手方向に設けられ、大きな止め結びをほつれた末広がり状とした太さのある縄紐からなる把手(基本的構成態様①-2、具体的構成態様③)とあいまって、全体的に自然で柔らかみのある統一的な印象を与えるのに対し、上辺が水平な直線形状である被告意匠は、全体的にみると、他の構成が共通するにも関わらず、一部が平板で、原告意匠とは異なる美感を生じさせるものということができる。
以上を総合すると、原告意匠と被告意匠は、要部において差異があり、かつ、当該差異が需要者の視覚を通じて起こさせる美感に与える影響は大きく、前記の共通点を考慮して全体的に考察してみたとしても、両者が需要者の視覚を通じて起こさせる美感を共通にするものということはできない。これに反する原告の主張は、これまで述べた理由により、いずれも採用することができない。
したがって、被告意匠は、原告意匠と類似するとは認められない。』

[コメント]
原審と控訴審において原告意匠の要部は、基本的構成態様①、具体的構成態様②-1、③及び④と認定されており、両審の間で要部認定に差は見受けられない。
原審では、具体的構成態様④(差異点2)が要部の一部に関する差異であるものの、公知意匠にも見られる部分であってこの部分のみをもって要部ととらえるのは相当ではなく、具体的構成態様④(差異点2)は、収納容器の斜め上方から見下ろされたときに際立ちにくく、需要者の視覚を通じて起こさせる美観に与える影響が限定的であると認定している。原審の認定について、需要者の注意を惹く部分であるかに基づいて具体的構成態様④を原告意匠の要部であると認定した後で、具体的構成態様④が際立ちにくいので、美観に与える影響が少ないと判断しており、要部認定と要部が美観に与える影響の判断とが矛盾しているように感じる。
一方、控訴審では、原告意匠の要部として認定した具体的構成態様④について収納容器の斜め上方から見下ろした際にその形状が認識しやすいと認定しており、要部認定と要部が美観に与える影響の判断とが一致しており、妥当な判断であると考える。
控訴審における意匠の類否判断は、平成9年(ネ)第404号 意匠権侵害差止等請求事件(自走式クレーン事件)で示された類否判断の手法に沿っており、妥当であると考える。
控訴審において、登録意匠を構成する各要素がいずれかの公知意匠に開示されているが、登録意匠を構成する各要素を全て備える公知意匠がなければ、登録意匠を構成する各要素全ての組み合わせに新規性があり、新規な創作部分といえるから各要素が登録意匠の要部であると認定している。この点は、実務においても参考になる。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

令和6年(ネ)第10086号「収容容器」事件

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