IP case studies判例研究

令和6年(ネ)第10034号「弾塑性履歴型ダンパ」事件

名称:「弾塑性履歴型ダンパ」事件
特許権侵害損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和6年(ネ)第10034号 判決日:令和7年8月27日
判決:原判決変更(数額の点を除く中間判決)
関連条文:特許法70条
キーワード:構成要件充足性
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94603.pdf

[概要]
本件訂正発明は、従来と同様の構成の「剪断部」を「互いの向きを異ならせて設け」た「一対の剪断部」という構成により、複数の方向からの入力に対応しようとするものであり、一部構成要件に含まれる「入力」は、「剪断部」に対して外部から与えられる荷重であれば足り、特定の方向に限定されるものではないと解するのが相当であるという、原審とは異なる解釈が示された事例。

[事件の経緯]
控訴人(原告)は、特許第5667716号の特許(本件特許)に係る特許権の特許権者である。原審の東京地裁は、被告製品が本件特許の特許請求の範囲の請求項1の構成要件G(下記「本件訂正発明」の項参照)を充足しないと判断し、原告(控訴人)の主張する損害賠償請求を棄却した。原告(控訴人)は、これを不服として控訴した。
なお、被控訴人による特許無効審判請求事件の中で、控訴人による本件特許の訂正請求が認められており、かつ、当該特許無効審判請求事件を不成立等とする審決がなされている。そして、審決取消訴訟の棄却判決が確定している。

[本件訂正発明1]
A 建物及び/又は建造物に適用可能な弾塑性履歴型ダンパであって、
B 一対の第一補強部と、
C’ 前記一対の第一補強部を連結し、互いの向きを異ならせて設けられた板状の一対の剪断部と、前記一対の剪断部は、連結部を介して一連に設けられ、
D 前記一対の第一補強部の両端間にそれぞれ接続した一対のプレートとを備え、
E 前記剪断部は、前記第一補強部に対して傾斜を成し、
F 前記第一補強部は、前記剪断部に、該第一補強部と該剪断部とのなす角が鋭角となるように形成され、
G 前記剪断部は、入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行うことを特徴とする
H 弾塑性履歴型ダンパ。

[争点]
(1) 被告製品が本件各訂正発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 被告ダンパは、「入力」を受けるものであるか(構成要件G)(争点1-1)
イ 被告ダンパが弾塑性履歴型ダンパに当たるか(構成要件A、H)(争点1-2)
ウ 被告ダンパに「補強部」が存在するか(構成要件B、C’、D、E、F)(争点1-3)
エ 被告ダンパが「一対のプレート」に接続されているか(構成要件D)(争点1-4)
オ 被告Σ形ダンパ1~4は、本件各訂正発明に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものといえるか(構成要件D)(争点1-5)
(2) 損害(争点2)
(3) 被告製品では本件各訂正発明の作用効果が不奏功であるか(争点3)
(4) 特許の出願時の補正態様を理由に、控訴人が被告ダンパにつき本件特許権を行使することが信義則上許されないか(争点4)
以下では、争点1-1及び争点1-4のみ採り上げる。

[裁判所の判断]
『1 当裁判所は、原審と異なり、被告Σ形ダンパ5及び6が組み込まれた被告製品は本件各訂正発明の技術的範囲に属し、その余の被告製品は本件各訂正発明の技術的範囲に属しないから、被告Σ形ダンパ5及び6が組み込まれた被告製品による本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の原因(数額の点は除く。)は理由があり、その余は理由がないと判断する。その理由は次のとおりである。』

『3 被告ダンパは、「入力」を受けるものであるか(構成要件G)(争点1-1)について
(1) 本件訂正後の特許請求の範囲及び本件訂正明細書の記載によると、本件訂正発明1は、従来の剪断パネル型ダンパが、「剪断部を一つしか有しておらず、所定レベル以上の地震に対して、一方向からの水平力に対してしかダンパとして機能しない」(【0004】)という課題に着目し、「所定レベル以上の地震の際に、複数の方向からの入力に対してダンパとして機能し得る弾塑性履歴型ダンパを提供することを目的と」して(【0006】)、「板状の一対の剪断部」を「互いの向きを異ならせて設け」た構成としたものであり(【0007】)、「剪断部」に対する「入力」の方向については何ら限定していない。そうすると、本件訂正発明1は、従来と同様の構成の「剪断部」を「互いの向きを異ならせて設け」た「一対の剪断部」という構成により、複数の方向からの入力に対応しようとするものであり、各「剪断部」自体が新規な構成を有するものではない。
そして、構成要件Gの「前記剪断部」が指し示すものは、「一対の剪断部」(構成要件C’)を構成する各「剪断部」であるから、構成要件Gの「入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う」のは、各「剪断部」が有する特徴であって、これは、剪断部が有する一般的な機能が記載されているにすぎないと解される。そうすると、構成要件Gの「入力」は、「剪断部」に対して外部から与えられる荷重であれば足り、特定の方向に限定されるものではないと解するのが相当である。
前提事実(6)及び(7)によると、被告ダンパが備える各ウェブ部は、「入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う」ものであると認められるから、被告ダンパは構成要件Gを充足する。』

『6 被告ダンパが「一対のプレート」に接続されているか(構成要件D)(争点1-4)について
(1) 「一対のプレート」の語義について
証拠(甲7の3~5)によると、「プレート」とは「金属板」を、「板」とは「金属や石などを薄く平たくしたもの」を、「一対」とは「二個で一組となること」を意味する。そうすると、「一対のプレート」とは、二個で一組となる金属を薄く平たくしたものであると認められる。
これに対し、被控訴人は、「一対のプレート」とは、構造物に固定されている金属板である「ベースプレート」と構造物には固定されずに「ストッパ」と連携するストッパ機能を有する金属板である「プレート」の双方を含む必要があると主張する。しかし、本件訂正後の特許請求の範囲の記載にはそのような文言は記載されておらず、かえって、本件訂正明細書には、一対のプレートの両方が構造物に固定され、ストッパも存在せず、ストッパ機能を有することもない構成が開示されているから(【0070】、図42)、そのように限定して解釈することはできない。
(2) 被告Σ形ダンパ1~4について
ア 前提事実(7)によると、被告Σ形ダンパ1~4は、平行板部及びウェブ部の一端が垂直板部に溶接されており、垂直板部は、耐力パネルを構成する柱にボルトで固定されている。他方、平行板部及びウェブ部の他端は、耐力パネルを構成する鋼管(被告Σ形ダンパ1~3)又は溝形鋼(被告Σ形ダンパ4)に直接溶接されていることが認められる。垂直板部と鋼管又は溝形鋼が、二個で一組となる金属を薄く平たくしたものということはできないから、被告Σ形ダンパ1~4は、「一対のプレート」を備えていると認められない。
イ これに対し、控訴人は、鋼管又は溝形鋼と各平行板部及び各ウェブ部が接続された面が金属を薄く平たくしたものであるから、これが「プレート」に該当し、垂直板部と一組となって「一対のプレート」に該当すると主張する。
しかし、本件訂正明細書によると、「更に、弾塑性履歴型ダンパ10としては、ベースプレート14やプレート15を省略しても良い。ベースプレート14を省略したときには、下部構造物2に一体化された剪断部11,11と連結部12を固定するようにすれば良い。」(【0033】)とされ、ベースプレートやプレートを省略してもよいこと、及び、ベースプレートを省略した構成では剪断部と連結部が構造物に直接固定されることが記載されている。上記のとおり、被告Σ形ダンパ1~4のウェブ部及び平行板部の他端は構造物である鋼管又は溝形鋼に直接固定されているのであるから、このような構成は、「プレート」が省略された構成であると認められる。また、前記(1)のとおり、「一対のプレート」の「一対」とは「二個で一組となること」を意味するところ、垂直板部と鋼管又は溝形鋼の一部が「二個で一組となる」部材であるとも認められない。したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 被告Σ形ダンパ5について
ア 前提事実(7)によると、被告Σ形ダンパ5が用いられた耐力パネルにおいて、被告Σ形ダンパ5を構成するウェブ部及び平行板部は二つのデバイス補剛材に挟まれた形で配置され、ウェブ部及び平行板部の両端はそれぞれデバイス補剛材に直接溶接されているところ、二つのデバイス補剛材は、それぞれ、台形の金属板と、その各辺に溶接された四枚の長方形の金属板により構成され、これら4枚の金属板のうちの一つ(以下「接続プレート」という。)に、ウェブ部及び平行板部が溶接されていることが認められる。すなわち、被告Σ形ダンパ5を構成するウェブ部及び平行板部は、2枚の接続プレートに挟まれた形で配置され、ウェブ部及び平行板部の両端はそれぞれ接続プレートに直接溶接されているところ、2枚の接続プレートは、同じ形状の長方形の金属板であって、ウェブ部及び平行板部を挟む形で左右両側に配置されているから、これらが「一対のプレート」に該当すると認められる。
イ これに対し、被控訴人は、「一対のプレート」は、地面と平行の方向に延在する必要があると主張する。しかし、本件訂正発明1では、「一対のプレート」の設置方向について何ら限定されておらず、また、地面と平行の方向の力でなければダンパとして機能しないわけではないから、「一対のプレート」が地面と平行の方向に延在する必要があると解することはできない。
また、被控訴人は、デバイス補剛材は、耐力壁柱における強い力が働く部分を補う役割を果たすものであるから、被告ダンパと一体のものと捉えるべきではなく、耐力壁柱の一部の部材と捉えるべきであると主張する。しかし、デバイス補剛材の接続プレートは、耐力壁柱を直接補強する部材ではないから、これを耐力壁柱の一部の部材と捉えるべきであるとは必ずしもいうことはできない。また、被告Σ形ダンパ5を構成するウェブ部及び平行板部の両端は、2枚の接続プレートに直接溶接されており、2枚の接続プレートが耐力壁柱の変位をウェブ部及び平行板部の両端に伝達する役割を果たしている。そうすると、接続プレートは、ウェブ部及び平行板部との関係で弾塑性履歴型ダンパの構成としての必要な機能を有しており、これは、耐力壁柱との関係でデバイス補剛材が果たす役割と相容れないようなものではないから、デバイス補剛材が耐力壁柱における強い力が働く部分を補う役割を果たすものであるとしても、接続プレートが「一対のプレート」に該当しない理由にはならない。
さらに、被控訴人は、耐力壁柱に厚みが十分にあるような場合には、デバイス補剛材がなくとも被告Σ形ダンパ5を設置することが可能であり、接続プレートがなくてもダンパとして機能するから、接続プレートは、「一対のプレート」には該当しないと主張する。しかし、被控訴人が主張する場合に接続プレートを省略することが可能であるとしても、被告Σ形ダンパ5においては接続プレートが省略されていないのであるから、被告Σ形ダンパ5における接続プレートが「一対のプレート」に該当しないということにはならない。
(4) 被告Σ形ダンパ6について
前提事実(7)によると、被告Σ形ダンパ6が用いられた耐力パネルにおいて、被告Σ形ダンパ6を構成するウェブ部及び平行板部は2枚の補剛材に挟まれた形で配置され、ウェブ部及び平行板部の両端はそれぞれ補剛材に直接溶接されていることが認められる。上記2枚の補剛材は、同じ形状の長方形の金属板であって、ウェブ部及び平行板部を挟む形で左右両側に配置されているから、これらが「一対のプレート」に該当する。
これに対し、被控訴人は、補剛材は耐力壁柱の一部の部材である、被告Σ形ダンパ6は補剛材がなくともダンパとして機能するから補剛材は「一対のプレート」ではない、「一対のプレート」は地面と平行の方向に延在する必要があるなどと、前記(3)と同様の主張をするが、これらの主張が採用できないことは、前記(3)で判示したとおりである。
(5) 以上のとおりであるから、被告Σ形ダンパ1~4は構成要件Dを充足しないが、被告Σ形ダンパ5及び6は構成要件Dを充足する。』

[コメント]
争点1-1が興味深い。構成要件Gの「前記剪断部は、入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う」ことの解釈について、原審では、本件明細書に記載された本件発明の課題及び実施例から、「入力」が、単一方向からの入力ではなく、複数方向からの入力であると解釈するのが相当であるとして、鉛直方向の力以外の力が加わらない被告ダンパについては権利範囲に含まれないと判断された。これに対し、知財高裁では、『構成要件Gの「入力」は、「剪断部」に対して外部から与えられる荷重であれば足り、特定の方向に限定されるものではないと解するのが相当である。』として、被告ダンパは構成要件Gを充足する。』と判断された。つまり、本件発明の解釈に際し、明細書の記載をどこまで参酌するかによって、地裁と高裁で異なる判断が示されたといえる。筆者は、高裁判断の方が適切な解釈であると感じる。

以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

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