IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和6年(ワ)第70128号「箱型船」事件
名称:「箱型船」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:令和6年(ワ)第70128号 判決日:令和7年7月10日
判決:請求認容
特許法2条3項1号、102条1項~3項
キーワード:実施該当性、損害額、推定覆滅、実施料相当額
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94299.pdf
[概要]
本件特許登録後の被告製品の製造については本件特許の侵害が認められた一方、本件特許登録前に製造された製品に対する被告のメンテナンス行為は本件発明の「生産」に該当しないとされ、また、本件発明の特徴的部分の顧客誘引力は高いといえず、特許法102条1項及び2項による算定において単位数量当たりの利益額の99%が推定覆滅され、同条3項による損害額が認められた事例。
[本件発明]
A 酸原液が希釈された酸処理液を貯留する酸処理槽と、該酸処理槽内に設けられ、海苔が付着した海苔網を巻き取る巻取ロールとを備える箱型船であって、
B 前記酸原液を前記酸処理槽の前記酸処理液内に吐出する原液吐出部と、
C 該原液吐出部に前記酸原液を供給する原液供給部と、
D 前記酸処理槽の中央かつ上方に設けられる吊り棒と、
E 前記吊り棒から前記酸処理液内に垂下するシート部材とを備え、
F 前記原液供給部は、前記酸処理液のpH値を検出するpHセンサと、前記pHセンサの検出値に基づいて前記酸処理液への酸原液の供給量を自動調節する原液供給装置とを備え、
G 前記原液吐出部は、前記シート部材の下部に設けられている
H ことを特徴とする箱型船。
[主な争点]
1 被告の行為が本件発明の「実施」に当たるか(争点3)
2 損害の額(争点4)
[裁判所の判断]
『6 争点3(被告の行為が本件発明の「実施」に当たるか)について
(1) 争点の所在(本件メンテナンス行為の「実施」該当性)
前記前提事実によれば、被告は、顧客が第三者から購入した箱型船に対し、本件部品を取り付け、その動作確認後、上記箱型船を顧客に引き渡す行為(新規取付行為)をしているところ、本件特許の登録日以後の新規取付行為は、本件発明の構成要件に係る構成を新たに設置する行為であるから、特許法2条3項1号に規定する「生産」に該当することは明らかである。もっとも、前記前提事実によれば、被告は、本件特許の登録日以後、当該登録日よりも前に新規取付行為をした箱型船に対し、本件メンテナンス行為(第2の1(6)参照)をしているところ、原告は、本件メンテナンス行為についても被告製品の「生産」に当たる旨主張する。
・・・(略)・・・被告製品の箱型船自体については、特段の耐用期間が定められているものではなく、本件メンテナンス行為の対象となる部品のうちpHセンサに限り、耐用期間が1年とされているため、毎年の本件メンテナンス行為により新品に交換されていることが認められる。
上記認定事実によれば、本件メンテナンス行為は、箱型船全体のうち、耐用期間が1年とされているpHセンサに限り交換するものであるから、単に通常の用法に従って、箱型船の消耗品といえるpHセンサを交換するにとどまるものといえる。しかも、pHセンサの技術的機能をみると、pHセンサの検出値に基づいて酸原液の供給量を自動調節する原液供給装置を備える箱型船は、乙4公報に開示されているところであり、pHセンサが本件発明の本質的部分に係る構成であるとはいえない。のみならず、pHセンサの経済的価値についても、証拠(乙27)及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の技術的範囲に属する箱型船全体の価値に比べて、極めて僅かなものといえる。
これらの事情の下においては、本件メンテナンス行為は、本件発明の本質的部分に係る構成を欠くに至った状態のものについて、これを再び充足させるものとはいえない。
・・・(略)・・・「生産」に当たるか否かは、本件発明の本質的部分に係る構成を欠くに至った状態のものを再び充足させるものといえるかどうかという観点から上記にいう諸事情を検討すべきことは、上記において説示したとおりである。そうすると、pHセンサがない状態からこれを新たに取り付けた行為のみを切り出して判断するのは相当ではなく、この理は、原告主張に係るチューブについても、同様である。上記観点から検討すれば、原告主張に係るpHセンサの交換や、劣化や破損によるチューブの交換は、修理やメンテナンスそのものというべき行為であり、同一性を欠く箱型船を新たに製造するものとはいえず、本件メンテナンス行為は、本件発明の「生産」に該当するものと解することはできない。』
『 7 争点4(損害の額)について
(1) 特許法102条1項に基づく損害額
ア 侵害の行為がなければ販売することができた物
・・・(略)・・・原告製品は、箱型船に、本件原告部品を取り付けたものであるところ、原液吐出部が、箱型船の進行方向の前方及び後方において、液面よりも上側に取り付けられており、本件発明の実施品に当たるものではない。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、原告製品は、海苔養殖に使用されるpH自動調整装置が付いた海苔養殖用の箱型船であり、その需要者は、海苔の養殖業者であることが認められる。
そうすると、原告製品と被告製品とは、需要者を共通にする同種の製品であるといえるから、原告製品は、被告製品と市場において競合関係に立つものであると認めるのが相当である。
したがって、原告製品は、特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」に当たると認めるのが相当である。・・・(略)・・・
イ 単位数量当たりの利益の額
・・・(略)・・・
c 推定覆滅事由
証拠(乙41、42)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、過去に本件発明の実施品を販売していたことがあるものの、これらは数台にとどまり、そもそも顧客からの評判が好ましくなかったため、現在では実施せず、本件発明の競合品である原告製品を販売していること、本件発明の特徴的部分は、箱型船全体の中で原液吐出部の位置をシート部材の下部に設けた部分にあるところ、原告製品の原液吐出部の位置については、顧客の要望等を踏まえ、現在は、原液吐出部の位置をあえて酸処理液の液面よりも上側に設けていること、以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば、本件発明の特徴的部分である原液吐出部の位置に関する構成は、本件発明の箱型船全体からするとごく一部にすぎない上、顧客からの評判が好ましくなかったのであるから、そもそも顧客誘引力が高いとはいえず、しかも、原告製品は、本件発明の特徴的部分すら備えていないものといえる。
これらの事情を踏まえると、上記特徴的部分が原告製品の販売による利益に貢献しているとしても、その程度はごく僅かであるといわざるを得ず、その貢献を算定し得たとしても、全体の1%にとどまるというのが相当である。
したがって、事実上の推定が覆滅される程度は、全体の99パーセントであると認めるのが相当である。
d 小括
以上によれば、原告製品の売上高から経費を控除した限界利益の額は、83万3403円(130万0023円-38万円-8万6620円)となり、上記限界利益の額から、その99%を控除するのが相当であるから、原告製品の単位数量当たりの利益の額は、8334円(83万3403円×1%)となる。・・・(略)・・・
カ 以上によれば、特許法102条1項に基づく損害賠償額は、10万8342円(8334円×13台)と認めるのが相当である。・・・(略)・・・
(2) 特許法102条3項に基づく損害額
ア 特許法102条3項は、特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であり、同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
・・・(略)・・・原告は、過去に本件発明についての実施許諾を行ったことはなく、箱型船の業界における特許のライセンスの相場等は不明であること、一方で、本件特許と同一の特許分野(A01)であってこれと類似した技術分野である「その他の特殊機械」に係るライセンス料率の統計上の平均値は3.8パーセントであること、以上の事実が認められる。
他方、上記ライセンス料率の統計上の平均値は、本件発明のような箱型船そのものに特化した統計ではなく飽くまで参考値にすぎないものであり、前記(1)のとおり、本件発明の特徴的部分である原液吐出部の位置に関する構成は、本件発明の箱型船全体からするとごく一部にすぎず、原告製品の構成のように代替可能性があり、その顧客誘引力は高いものとはいえない。
これらの事情を総合考慮して、合理的な料率を定めると、特許法102条4項の趣旨に鑑みても、実施に対し受けるべき料率は、8パーセントを超えるものとはいえない。
ウ 以上によれば、特許法102条3項に基づく損害賠償額は、93万2500円(1165万6260円×8%、小数点以下切捨て)の限度で認めるのが相当である。
(3) 特許法102条2項に基づく損害額
前記(1)において説示したところによれば、本件発明の寄与を踏まえると、特許法102条2項にいう推定覆滅部分についても99パーセントとすべきものであり、その部分に同条3項を適用するのは相当ではない。そうすると、その損害額は、前記(2)ウの損害額を超えるものではない。
(4) 小括
したがって、原告の被告に対する損害賠償の額は、93万2500円と認めるのが相当である。』
[コメント]
被告は、顧客が第三者から購入した箱型船に対し、市販の電源、ポンプ、バケツ、チューブ、pH制御器、pH計、pHセンサなどの部品を取り付け、動作確認後に箱型船を顧客に引き渡していた(新規取付行為)。原告は、本件特許の登録日の前に新規取付行為をした箱型船に対するメンテナンス行為(本件メンテナンス行為)も、被告製品の「生産」に当たる旨主張した。
これに対し、本件メンテナンス行為は、箱型船全体のうち、耐用期間が1年とされているpHセンサやチューブ等を交換するものであって、本件発明の本質的部分に係る構成を欠くに至った状態のものについて、これを再び充足させるものとはいえず、本件メンテナンス行為は特許法2条3項1号の「生産」にあたらないと判断された。裁判所の当該判断は妥当と考える。
また、損害額の認定につき、本件発明の特徴的部分である原液吐出部の位置に関する構成は箱型船全体からするとごく一部にすぎない点、顧客からの評判が好ましくなくそもそも顧客誘引力が高いとはいえない点、及び原告製品は本件発明の特徴的部分すら備えていない点が参酌された点も合理的な印象であり、損害額の考え方において参考になる。
以上
(担当弁理士:廣田 武士)
令和6年(ワ)第70128号「箱型船」事件
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