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令和7年(ワ)第70141号「不活化ワクチン製剤、並びに感染症予防方法」事件

名称:「不活化ワクチン製剤、並びに感染症予防方法」事件
差止請求権不存在確認請求事件
東京地方裁判所:令和7年(ワ)第70141号 判決日:令和8年3月12日
判決:請求認容
特許法第70条第1項及び第2項、第29条第2項、第36条第6項第1号
キーワード:微生物の学名変更、クレーム解釈、進歩性、サポート要件
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95718.pdf

[概要]
学名変更に関する技術常識を参酌し、原告製品は構成要件を充足すると判断された一方で、本件発明は進歩性を欠き、さらにサポート要件に違反するとして、原告の請求が認容された事例。

[特許請求の範囲](異議申立て事件による訂正後のもの)
【請求項1】
魚類のレンサ球菌症の起因菌である血清型が非KG-型かつ非kg+型のラクトコッカス・ガルビエ(学名「Lactococcus garvieae」、以下同じ。LC1301株(受託番号NITE P-01653、以下同じ)を除く。)の不活化菌体を含有する、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤。
ただし、「血清型が非KG-型かつ非KG+型の」とは、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないことを意味する。
【請求項2】
不活化前の菌体の量が103~1011CFU/mLであり、一回当たりの投与量が0.05~3.0mLである請求項1記載の不活化ワクチン製剤。
【請求項4】
請求項1又は請求項2記載の不活化ワクチン製剤、又は、請求項3記載の混合不活化ワクチン製剤を投与する、ラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症の予防方法。
【請求項5】
魚類のレンサ球菌症の起因菌である血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ(LC1301株を除く。)の菌体を不活化する工程を含む、血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエを起因菌とする魚類レンサ球菌症に対する不活化ワクチン製剤製造方法。
ただし、「血清型が非KG-型かつ非KG+型の」とは、抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないことを意味する。

[主な争点]
1 現在「ラクトコッカス・フォルモセンシス」と分類される原告製品に用いられる菌株が、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」を充足するか(争点1)
2 優先日前に公知であった「ラクトコッカス・ガルビエ121941株」(甲18発明)を主引例として、本件発明が進歩性を欠くか(争点2)
3 「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」と広く規定した本件発明が、発明の詳細な説明により課題を解決できると認識できる範囲を超え、サポート要件に違反するか(争点5)

[裁判所の判断]
『2 争点1(「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」(構成要件1A、5A等)の充足性)
(1)特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず、この場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきである(特許法70条1項及び2項)。そして、特許請求の範囲に記載された学名が特許発明の出願日(優先権主張がある場合には優先日をいう。以下同じ。)の後に変更された場合には、当該学名の変更に関する技術常識を参酌して、上記
用語の意義を解釈するのが相当である。
(2)これを本件についてみると、本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」という学名の意義を解釈するに、これを充足する「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」は、2021年以降は、「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」に学名が変更されたことが認められる。そして、前記認定に係る上記学名の変更に関する技術常識によれば、当業者において、現在「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」という学名の菌株が、本件出願時には「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」という菌株であったことを十分に理解し得ることが認められる。
そうすると、本件構成要件の「ラクトコッカス・ガルビエ」は、以前は「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」と呼称されていた「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」を含むものと解するのが相当である。
したがって、原告製品は、「ラクトコッカス・フォルモセンシスBY2株」の不活化ワクチンであることからすると、本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」を充足するものと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
上記技術常識によれば、当業者においても、原告株について、従前は「ラクトコッカス・ガルビエ」という学名で呼称されていた菌株であり、本件優先日後にその学名が「ラクトコッカス・フォルモセンシス」に変更された菌株であると十分に理解し得る・・・(略)・・・原告株が、学名の変更にかかわらず、本件発明を充足するとしても、当業者の予測可能性を害するものとはいえない。
・・・(略)・・・
そして、原告製品がその他の構成要件を充足するものであることは当事者間に争いがない。以上によれば、原告製品は、本件発明1、2、4及び5の構成要件を充足する。』

『3 争点2(甲18発明を主引用例とする無効事由の有無)
(1)甲18発明の内容及び相違点
ア 甲18証明書には、ラクトコッカス・ガルビエ株である121941株は、単離した2012年中には、外部機関から文書による依頼に応じて、ワクチンの試作や研究のために、非KG-株として分譲可能な状態にあった・・・(略)・・・、当該菌株の分譲において守秘義務契約の締結を必要としないことが記載されており、・・・(略)・・・
上記認定事実によれば、「ラクトコッカス・ガルビエ株 121941株」という菌株の存在は、本件優先日当時、公然知られたものであったと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
II型レンサ球菌症の原因菌である「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」は、当業者において、抗KG-抗血清のみならず、抗KG+抗血清に対しても凝集しない菌株であると認識されていたものと認められる。
そうすると、甲18証明書に記載された甲18発明は、以下の内容を開示しているものといえる。
魚類のレンサ球菌症の起因菌であり、血清型が非KG-型かつ非KG+型であるラクトコッカス・ガルビエ 121941株
・・・(略)・・・
(2)相違点
ア 上記(1)記載の甲18発明の構成によれば、本件発明1との相違点は、以下のとおりであることが認められる。
甲18発明は不活化前の菌体であるのに対して、本件発明1は不活化した菌体を含有するワクチン製剤である点(相違点1)
・・・(略)・・・
(3)相違点に対する容易想到性
・・・(略)・・・証拠(甲19)及び弁論の全趣旨によれば、「ラクトコッカス・ガルビエ」を原因菌とする魚類の疾患(レンサ球菌症)に対するワクチンの製造に当たり、その原因菌である「ラクトコッカス・ガルビエ」を不活化することは、当業者の技術常識であるといえる。
そうすると、魚類のレンサ球菌症の起因菌であり、血清型が非KG-型かつ非KG+型の「ラクトコッカス・ガルビエ 121941株」を不活化してワクチンとすることは、当業者が容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
したがって、本件発明1は、甲18証明書に基づき進歩性を欠くものであり、無効理由を有するものと認められる。
・・・(略)・・・
(4)小括
したがって、本件発明1、2、4及び5は、いずれも進歩性欠如の無効理由を有するものと認められる。』

『4 争点5(サポート要件違反の有無)
・・・(略)・・・
(2)特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならない旨規定し、いわゆるサポート要件を定めている。
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である。
(3)そこで検討すると、・・・(略)・・・本件構成要件の「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」は、「抗KG-抗血清に対し凝集反応を起こさず、かつ、抗KG+抗血清に対しても凝集反応を起こさないラクトコッカス・ガルビエ」をいうものと解するのが相当である。
そして、・・・(略)・・・2021年8月から抗I型血清及び抗II型血清に凝集しない「ラクトコッカス・ガルビエ」の菌株が観察され、2023年頃、これを「ラクトコッカス・ガルビエ」の「III型」と呼称することが提案されるに至り、当該菌株は、抗KG-抗血清及び抗KG+抗血清のいずれに対しても凝集反応を起こさないものであることが認められる。
そうすると、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「III型」と呼称される菌株は、・・・(略)・・・本件構成要件の範囲に含まれることが認められる。
しかしながら、・・・(略)・・・本件明細書において開示されているのは、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「II型」を原因菌とするレンサ球菌症に対するワクチン製剤であり、・・・(略)・・・「III型」を原因菌とするレンサ球菌症に対して効果を奏することの開示も一切ない。
・・・(略)・・・
したがって、本件発明に含まれる「III型」の「ラクトコッカス・ガルビエ」の不活化ワクチンは、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。
以上によれば、本件発明は、サポート要件を充たすものとはいえない。
(4)これに対し、被告は、「血清型が非KG-型かつ非KG+型のラクトコッカス・ガルビエ」という文言につき、当業者において、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「II型」を意味するものと理解されていたのであり、本件優先日当時、未だ存在しなかった「ラクトコッカス・ガルビエ」の「III型」を含むものとしては理解されていなかった旨主張する。しかしながら、・・・(略)・・・本件優先日当時、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「II型」も「III型」も、いずれも当業者において認識されていなかったのであるから、当業者において「II型」を意味するものと理解されていたとする被告の主張は、そもそもその前提を欠く。
・・・(略)・・・
本件優先日当時、「ラクトコッカス・ガルビエ」の「II型」と「III型」という分類は存在していなかったものの、菌株を免疫抗原として抗血清を作製し、当該抗血清に対する凝集反応の有無を見ることによって、本件発明の対象を「ラクトコッカス・ガルビエ」の「II型」に相当する菌株に限定することも十分に可能であったのに限定していないことからすると、「II型」に限定される趣旨をいう被告の主張は、上記にいう技術常識及び本件発明の構成要件に照らしても、採用の限りではない。』

[コメント]
本判決では、微生物を学名で特定したクレームについて、出願後に分類・学名が変更された場合の技術的範囲の解釈が明示された。裁判所は、学名を形式的に当てはめるのではなく、「学名の変更に関する技術常識」を参酌し、出願時に当該菌株がどの学名で認識されていたかを踏まえてクレームを解釈した。
進歩性については、原告製品に使用されていた121941株が優先日前に公然知られ、しかも「ワクチンの試作や研究のため」に分譲可能であったことを重視し、原因菌を不活化してワクチン化することを技術常識として進歩性を否定した。特許文献、論文だけでなく、公的機関における菌株の保有・分譲状況や分譲条件が公知性・動機付けの重要な証拠となり得ることを示す事例といえる。
また、サポート要件については、クレームが抗KG-抗血清及び抗KG+抗血清の双方に凝集しないという機能的・血清学的特性で広く規定されていたため、出願後に確認された「III型」まで文言上包含すると判断された。その上で、明細書にはII型に相当する菌株についての有効性しか示されておらず、III型に対する効果を認識できないとしてサポート要件違反が認定された。出願時に未知であった菌株が将来発見され、これが機能的に規定されたクレームに包含されることまで出願時に予測することは困難であり、本件は特許権者にとって厳しい判断であるようにも思われる。本件を踏まえると、機能的に規定されたクレームは、出願後に発見された未知の態様までその文言上の範囲に包含し、その結果としてサポート要件違反と判断される可能性があるため、クレームの組み立てには注意が必要である。
以上
(担当弁理士:稲井 史生)

令和7年(ワ)第70141号「不活化ワクチン製剤、並びに感染症予防方法」事件

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