IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成23年(ワ)38969号「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータ を送受信する方法及び装置」事件
名称:「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータ
を送受信する方法及び装置」事件
債務不存在確認請求事件
東京地方裁判所:平成 23 年(ワ)38969 号 判決日:平成 25 年 2 月 28 日
判決:請求認容
民法第1条第2項、同条第3項
キーワード:権利の濫用、信義則、標準規格、FRAND条件、FRAND宣言
全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130322172650.pdf
[概要]
原告は、原告による本件製品1などの実施行為が、被告が有する「移動通信システムにお
ける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置」
の特許の侵害行為に当たらないと主張し、原告の上記行為に係る特許権侵害の不法行為に基
づく損害賠償請求権を被告が有しないことの確認を求めた。
[ETSIのIPRポリシー第4.1項]
・・・各会員は、自らが参加する規格または技術仕様の開発の間は特に、ETSIに必須
IPRについて適時に知らせるため合理的に取り組むものとする。特に、規格または技術仕
様の技術提案を行う会員は、善意をもって、提案が採択された場合に必須となる可能性のあ
るその会員のIPRについてETSIの注意を喚起するものとする。
[ETSIのIPRポリシー第6.1項]
特定の規格または技術仕様に関連する必須IPRがETSIに知らされた場合、ETSI
の事務局長は、少なくとも以下の範囲で、 当該のIPRにおける取消不能なライセンスを公
正、合理的かつ非差別的な条件(fair、 reasonable and non-discriminatory terms and
conditions)で許諾する用意があることを書面で取消不能な形で3か月以内に保証することを、
所有者にただちに求めるものとする。・・・
[経緯]
1. 被告が、本件出願の優先元となる韓国出願をした。
2. 被告から提出された「代替的Eビット解釈」が、3GPP規格の技術仕様書に記載
され、標準規格の一つになった。
3. 被告が、「代替的Eビット解釈」を具現化した発明に関する本件出願をした。約4年
後に設定登録された本件特許は、「代替的Eビット解釈」に準拠した製品や方法を実
施するためには避けられない必須特許である。
4. 被告は、ETSIのIPRポリシー4.1項に従って、上記出願等に係るIPRが、
必須IPRであるか又はそうなる可能性が高い旨を知らせた。また、被告は、IP
Rポリシー6.1項に従ってFRAND宣言を行った。
5. 被告は、原告の実施行為が本件特許権を侵害するとして仮処分命令の申立てをした。
6. 被告は、FRAND条件でアップル社にライセンスを提供する用意があるが、ライ
センスの条件を規定する前に機密保持契約を締結することを求める旨を書簡で述べ、
その後、アップル社と秘密保持契約を締結した。
7. 被告は、アップル社とライセンスの条件について協議したものの、ロイヤルティ料
率について妥結しなかった。
8. 原告が、本件訴訟を提起した。
9. 被告は、被告によるライセンス提示が不本意ならば、アップル社において真摯な対
案を提示するよう要請をし、アップル社は、ライセンス契約書案を添付してライセ
ンス契約の申出をした。被告は、ロイヤルティ料率が低額であることなどを理由に、
FRAND条件に基づくライセンス契約の申出に当たらないなどと意見を述べた。
10. アップル社は、被告に対し、クロスライセンスの提案を含むFRAND条件に基づ
くライセンス許諾の枠組みを提案する用意がある旨を表明し、被告は、それに対し
て意見と提案をした。アップル社は、被告に対し、算定基準等を示した上で、互い
に請求できるロイヤルティ料率を提示した。
[裁判所の判断]
被告は、ETSIのIPRポリシー6.1項、IPRについてのETSIの指針1.4項
の規定により、本件FRAND宣言でUMTS規格に必須であると宣言した本件特許権につ
いてFRAND条件によるライセンスを希望する申出があった場合には、その申出をした者
が会員又は第三者であるかを問わず、当該UMTS規格の利用に関し、当該者との間でFR
AND条件でのライセンス契約の締結に向けた交渉を誠実に行うべき義務を負うものと解さ
れる。
そうすると、被告が本件特許権についてFRAND条件によるライセンスを希望する具体
的な申出を受けた場合には、被告とその申出をした者との間で、FRAND条件でのライセ
ンス契約に係る契約締結準備段階に入ったものというべきであるから、両者は、上記ライセ
ンス契約の締結に向けて、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の
義務を負うものと解するのが相当である。
そして、遅くとも、アップル社が、平成24年3月4日付け書簡で被告に対し、被告がU
MTS規格に必須であると宣言した本件特許を含む日本における三つの特許に関するFRA
ND条件でのライセンス契約の申出をした時点(前記 9.)で、アップル社から被告に対する
FRAND条件によるライセンスを希望する具体的な申出がされたものと認められ、アップ
ル社と被告は、契約締結準備段階に入り、上記信義則上の義務を負うに至ったものというべ
きである。
被告は、アップル社の再三の要請にもかかわらず、アップル社において被告の本件ライセ
ンス提示又は自社のライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断するのに
必要な情報(被告と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等)を提供するこ
となく、アップル社が提示したライセンス条件について具体的な対案を示すことがなかった
ものと認められるから、被告は、UMTS規格に必須であると宣言した本件特許に関するF
RAND条件でのライセンス契約の締結に向けて、重要な情報をアップル社に提供し、誠実
に交渉を行うべき信義則上の義務に違反したものと認めるのが相当である。
被告が、原告の親会社であるアップル社に対し、本件FRAND宣言に基づく標準規格必
須宣言特許である本件特許権についてのFRAND条件でのライセンス契約の締結準備段階
における重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反してい
ること、かかる状況において、被告は、本件口頭弁論終結日現在、本件製品2及び4につい
て、本件特許権に基づく輸入、譲渡等の差止めを求める本件仮処分の申立てを維持している
こと、被告のETSIに対する本件特許の開示(本件出願の国際出願番号の開示)が、被告
の3GPP規格の変更リクエストに基づいて本件特許に係る技術(代替的Eビット解釈)が
標準規格に採用されてから、約2年を経過していたこと、その他アップル社と被告間の本件
特許権についてのライセンス交渉経過において現れた諸事情を総合すると、被告が、上記信
義則上の義務を尽くすことなく、原告に対し、本件製品2及び4について本件特許権に基づ
く損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用に当たるものとして許されないというべき
である。
[コメント]
FRAND宣言に基づき、特許権者の損害賠償請求権が認められなかった。標準化技術や
規格に従うと不可避的に侵害することになる特許(必須特許)に関する事例として興味深い。
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