IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成24年(ワ)35757号「水消去性書画用墨汁組成物」事件
名称:「水消去性書画用墨汁組成物」事件
特許権侵害等差止等請求事件
東京地方裁判所:平成 24 年(ワ)35757 号 判決日:平成 26 年 12 月 9 日
判決:請求一部認容
特許法100条1項、103条
キーワード:構成要件充足性、無効理由、過失推定の覆滅
[概要]
被告の侵害行為に対する原告の差止請求及び損害賠償請求について、被告侵害行為の停止
により侵害のおそれはないとして損害賠償請求のみ認容判決がなされた事案。
[本件発明2]
2A 酸性染料および水媒体を含み,
2B 前記酸性染料は,・・・赤色系染料,黄色系染料および青色系染料を含む3種からなり,
2C かつこれらの染料が赤色系染料28~65質量%,黄色系染料13~46質量%および
青色系染料15~38質量%の割合で配合され,
2D 前記酸性染料のスルホン酸塩基がナトリウム塩であり,
2E 前記赤色系染料が構造式(D)で表され,
2F 前記黄色系染料が構造式(B)で表され,
2G かつ前記青色系染料が構造式(E)で表される
2H ことを特徴とする繊維集合体に対する水消去性を有する水消去性書画用墨汁組成物。
[本件発明3]
3A 前記黄色系染料はアゾ系の食用黄色4号・・・,食用黄色5号・・・から選ばれ,
3B 前記赤色系染料はアゾ系の食用赤色2号・・・,食用赤色102号・・・から選ばれ,
3C 前記青色系染料はトリフェニルメタン系の食用青色1号・・・である
3D ことを特徴とする請求項1記載の水消去性書画用墨汁組成物。
[乙1発明]
水,色素たる食用青色1号,食用赤色102号及び食用黄色4号と,界面活性剤と,ポリ
エチレングリコ-ルとを含有し,食用青色1号33.3重量%,食用赤色102号33.3
重量%,食用黄色4号33.3重量%の割合で配合された,水を含んだ雑巾で拭き取るだけ
で簡単に消去することができるサインペンに用いられる黒色水溶性インキ
[争点]
(1) 構成要件3B及び3Cの充足性
(2) 無効理由の有無
(3) 被告が賠償すべき損害額
[裁判所の判断]
1 構成要件3B及び3Cの充足性(争点(1))について
構成要件3B及び3Cの「食用赤色102号」及び「食用青色1号」は,食品衛生法所定
の「人の健康を損なうおそれのない」添加物として厚生労働大臣が定めたものであり,所定
の規格等を充たす必要がある。
被告製品の赤色系染料オリエントWATER RED1及び青色系染料オリエントWAT
ER BLUE9は,工業用に販売されているものであるところ,これらの染料が上記規格等
に合致していることを認めるに足りる証拠はない。
ゆえに,被告製品の各染料が構成要件3B及び3Cを充足すると認めることはできない。
2 無効理由の有無(争点(2))について
ア 相違点1(黄色系染料が,本件発明2では黄色系染料が構造式(B)で表されるものであ
るのに対し,乙1発明は食用黄色4号である点)について(本件発明2に関し)
乙1発明は,黒色水溶性インキについて,口に入れても無毒であることのほか,疎水性面
に対する筆記性や水消去性という課題を解決するために,染料として食用黄色4号を採用し
たものである。
食用黄色4号と食用黄色5号は,無毒性という点では共通するものの,構造及び色合いは
異なる。染料の構造は筆記性や水消去性に,染料の色合いは他の染料との組合せにおける黒
色の発色に関連すると解されるところ,構造や色合いが異なる食用黄色4号と食用黄色5号
が筆記性や水消去性及び発色に関しても同様の作用を有することをうかがわせる証拠はない。
ゆえに,当業者が,相違点1に係る構成を容易に想到できたものと認めることはできない。
イ 相違点2(本件発明1及び2は「繊維集合体に対する水消去性を有する書画用墨汁」用で
あるのに対し,乙1発明は「サインペンに用いられる黒色水溶液インキ」用である点)及び
相違点3(・・・)について(本件発明1及び2に関し)
本件発明1及び2と乙2文献及び乙5の1~5文献に記載された発明は,水消去性という
課題は共通するものの,本件発明1及び2が酸性染料である赤色系染料,黄色系染料及び青
色系染料を含む水消去性組成物によって水消去性を発現させるものであるのに対し,乙2文
献及び乙5の1~5文献に記載された発明は,課題解決のための手段ないし技術思想が大き
く異なっている。
乙1文献には水溶性インキでありながら疎水性を呈する合成樹脂面にも完全に彩色できる
という課題が記載されており,このような課題を解決した乙1発明に係る水溶性インキを,
疎水性のない半紙に筆記するために用いられる墨汁組成物にあえて転用する動機付けは見い
だせない。
そして,本件発明1及び2は,上記の構成を採用することにより,乙2文献等に記載のな
い半紙に書いた後の黒色を維持させるという顕著な作用効果をもたらされたものと解される。
以上によれば,当業者が一般に水消去性を技術課題とする書画用墨汁組成物とサインペン
を含むマーキングペン用インキに互換性があると認識していたとは認められないので,乙1
発明に技術常識を組み合わせて容易に発明することができたと認めることはできない。
3 被告が賠償すべき損害額(争点(3))について
ア 特許権侵害につき過失があるものと推定される(特許法103条)から,原告らに対し,
平成21年12月18日(本件特許の登録日)から平成23年10月23日までの被告製品
の製造販売により原告らに生じた損害につき,特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償責任
を負う。
イ これに対し,被告は,本件特許の特許公報の公開までの間は,同条に基づく過失の推定は
覆滅されると主張する。
そこで判断するに,特許法は,特許権は設定の登録により発生する(66条1項),登録が
あったときは特許権者の氏名等を特許公報に掲載する(同条3項),特許公報は特許庁が発行
する(193条1項)と規定するところ,登録から特許公報の発行までは,事柄の性質上,
ある程度の期間を要すると考えられるから,特許権発生後,特許公報が発行されていない期
間が生じることは,同法の規定上,予定されていると解される。一方,同法103条は,単
に「特許権」を侵害した者はその侵害の行為について過失があったものと推定される旨規定
し,特許権の発生時(登録時)から過失による不法行為責任を負うことを原則としており,
特許公報の発行を過失の推定の要件と定めてはいない。また,同条が過失の推定を定めたの
は,発明を奨励しもって産業の発達に寄与するという法目的(同法1条)に鑑み,特許権者
の権利行使を容易にしてその保護を図るためであることは明らかである。以上の特許法の諸
規定に照らせば,特許公報の発行前であることのみから過失の推定が覆されると解すること
は相当ではない。
[コメント]
構成要件充足性については、本件発明3において各染料が食用染料であることを規定して
いる以上、工業用の染料が本件発明3の技術的範囲に属さないとする判断は妥当と考える。
無効の抗弁に関し、裁判所は、乙1発明と周知技術との一定の課題の共通性を認めつつも、
それとは別の乙1発明に特有の課題ないし構成を認定して、乙1発明と周知技術との組み合
わせを否定している。結論として妥当であろう。実務上では、一見すると互いに類似する用
途であっても、裁判所が「乙1文献には水溶性インキでありながら疎水性を呈する合成樹脂
面にも完全に彩色できるという課題が記載されており・・・,このような課題を解決した乙
1発明に係る水溶性インキを,疎水性のない半紙に筆記するために用いられる墨汁組成物に
あえて転用する動機付けは見いだせない。」と判示しているように、引例では特定の性質を指
向しているところを、それとは相反する性質又はその性質を要しないものにあえて転用しよ
うとする動機付けはないと認定している部分が参考になろう。
過失推定の覆滅については、特許庁の原簿登録に一定の公示性が認められている以上、被
告の特許公報発行までの過失推定の覆滅の主張が認められる余地はないと考えられる。
平成24年(ワ)35757号「水消去性書画用墨汁組成物」事件
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