IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成26年(ワ)第688号「ピタバスタチンカルシウム塩の結晶」事件
名称:「ピタバスタチンカルシウム塩の結晶」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:平成26年(ワ)第688号 判決日:平成27年7月31日
判決:請求棄却
特許法100条、104条の3、29条第1項第3号
キーワード:記載されているに等しい事項、実験の追試
[概要]
公知文献に記載された実験の追試結果として、公知文献中に詳細な明示まではなかった実験条件について技術常識に従って選択、填補して行った実験データを採用し、本件特許発明は当該公知文献に記載されているに等しいと認定された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5186108号等の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
A 式(1)
(省略)
で表される化合物であり,
B 7~13%の水分を含み,
C CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.96°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°13.20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°,23.64°,24.12°及び27.00°の回折角(2θ)にピークを有し,かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より大きなピークを有することを特徴とする
D ピタバスタチンカルシウム塩の結晶
E (但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。
[主な争点]
・争点(2):本件各特許権が特許無効審判により無効にされるべきものか否か
ウ 本件各特許について,乙3公報による新規性又は進歩性欠如
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『ウ 新規性及び進歩性の判断
(ア) 相違点a及びbについて
被告らは,乙3公報の段落【0136】に記載された実験を,アクティブファーマ株式会社研究部が追試した結果を記載したものとして,乙6報告書を提出した・・・乙6追試が,本件結晶特許の出願時の技術常識に従ったものであれば,本件結晶発明1は乙3公報に記載されているに等しいということができる。』
『(イ) 乙6追試では,「(E)-3(R)-5(S)-ジヒドロキシ-7-[4’-(4”-フルオロフェニル)-2’-シクロプロピルキノリン-3’-イル]ヘプト-6-エン酸」2.55gを,水40.5mlに懸濁し,水酸化ナトリウム0.260gを加えて,相当するナトリウム塩の澄明な溶液を得,水2ml中無水塩化カルシウム0.399gの溶液を,3分間又は36分間
で滴下し,直ちに20ないし25℃で4時間,15ないし17℃で2時間撹拌し,生成物を濾過単離し,濾過ケーキを冷水で洗い,20ないし25℃で減圧下乾燥して白色結晶性粉末を得るという方法がとられた。塩化カルシウム水溶液の滴下時間を3分として2度,36分として1度の実験が行われ,乙3公報の段落【0136】に明確な記載がされていない温度及び圧力条件は,第16改正日本薬局方通則に則って実施された〔乙6〕。』
『(ウ) 乙6追試の条件の適切性
乙3公報の段落【0136】には前記ア(ア)のとおりの記載があるが,乙3公報には,塩化カルシウム水溶液の滴下時間及び乾燥条件が開示されていない。そこで,以下,乙6追試における上記各条件の選択が技術常識に従ったものといえるか検討する。
① 滴下時間について
証拠〔甲49の1・2〕によれば,結晶化の実験を行うに当たり,当業者は,当然に滴下時間の検討をすると認められるから〔甲49の1:435頁,甲49の2:33頁〕,乙3発明の追試をする場合に,乙3発明の結晶が得られるよう試行錯誤して滴下時間を決定することは当業者が通常行うべきことである。
そして,乙6追試において,滴下時間を3分又は36分としたことは,当該分野の技術常識からみて,不自然に長時間又は短時間であるとは考えられず,適切というべきである。また,乙6追試において,滴下時間を3分とした場合と36分とした場合のいずれにおいても,同一とみられる結晶が得られていることから,滴下時間が3分であるか36分であるかは,得られる結晶形に影響を与えないものであるといえ,当該事実も,乙6追試で採用された滴下時間が適切であったことを裏付けるというべきである。
② 乾燥条件について
この点に関して原告は,乙3公報に接した当業者は,恒量まで乾燥することが通常であり,乙6追試のように10.6%で乾燥を止めることはないと主張する。
しかし,「医薬品の多形現象と晶析の化学」(芦澤一英編著,平成14年9月20日発行。甲49の1:435頁)に,「結晶化の検討に際して,結晶水と付着水,溶媒和と残留溶媒,純度(不純物,無機物)と結晶形等基礎的検討を実施する。」と記載されていることからすると,結晶化実験において,水分量は基礎的な検討事項であると認められる。そうすると,乙3公報の段落【0136】に乾燥後の結晶の水分量が10.6%である旨記載されている以上,乙3発明を追試しようとする当業者が,結晶が水和物結晶である可能性をも考慮しつつ,生成物の水分量をモニタリングして,温度や時間を調節し,水分量が10.6%になるように乾燥させることは,当業者が通常行う試行錯誤の範囲の行為と認められる。』
『そうすると,乙6追試は,乙3発明を,技術常識を参酌して追試した結果を示していると認めるのが相当である。』
『(カ) 本件結晶発明1の新規性
以上によれば,本件結晶発明1は,乙3公報に記載されているに等しい事項というべきであるから,特許法29条1項3号により,特許を受けることができない。』
[コメント]
公知文献に記載の追試を行うにあたり、充分に実験条件が開示されていないことがある。このような場合に、技術常識を参酌して適切な条件を採用することが許されるとした本判決は参考になる。特に、請求項に物性パラメータが記載された発明の場合、公知文献に当該パラメータの記載はないが、追試して得られる物を測定した結果、当該物性パラメータを満たすと思われる場合がある。このような場合、技術常識を参酌して適切な条件を採用した上で追試を行い、当該パラメータが得られたならば、新規性を否定できる可能性があることを確認できた点で、参考になる。
以上
(担当弁理士:奥田 茂樹)
平成26年(ワ)第688号「ピタバスタチンカルシウム塩の結晶」事件
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