IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成 25 年(ワ)第 3357 号 「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」事件
名称:「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」事件
特許権侵害差止請求事件
東京地方裁判所:平成 25 年(ワ)第 3357 号 判決日:平成 27 年 12 月 25 日
判決:請求棄却
民法709条、特許法104条の3、36条6号1号
キーワード:サポート要件
[概要]
原告の特許は、請求項の構成だけでは課題が解決できないため、サポート要件を満たさず、
特許無効審判により無効にされるものとして、権利を行使することができないとされた事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第 4673448 号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告に対して損害額の支払いを
求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明2]
2-A Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,
残余がCoである合金と非磁性材粒子との混合体からなる焼結体スパッタリングターゲット
であって,
2-B このターゲットの組織が,合金の中に前記非磁性材粒子が均一に微細分散した相
(A)と,
2-C 前記相(A)の中に,ターゲット中に占める体積の比率が4%以上40%以下であ
り,長軸と短軸の差が0~50%である球形の合金相(B)と
2-D を有していることを特徴とする非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲ
ット。
[本件訂正発明2](下線が訂正箇所)
2-A Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,
残余がCoである合金と非磁性材粒子との混合体からなる焼結体スパッタリングターゲット
であって,
2-B このターゲットの組織が,合金の中に前記非磁性材粒子が均一に微細分散した相
(A)と,
2-C 前記相(A)の中に,ターゲット中に占める体積の比率が4%以上40%以下であ
り,長軸と短軸の差が0~50%である球形の合金相(B)とを有し,
2-D’ 前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い
領域と低い領域がそれぞれ形成されている
2-E’ ことを特徴とする非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。
[主な争点]
(2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
ウ 無効理由3(サポート要件違反)
(3) 訂正の対抗主張の成否(サポート要件違反に係る無効理由についての予備的主張)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1 本件各発明等の意義
(2) 以上によれば,本件特許に係る発明の概要については,以下のとおりであると認められる。
従来,強磁性材料からなるターゲットでは,漏洩磁束が小さくなり安定した放電が得られな
いとの問題があったところ(段落【0008】),本件各発明は,組成はそのままであっても
ターゲットの組織構造を調整することで,前記問題点を解決できることを見出し完成された
発明である(段落【0009】,【0010】)。このうち本件発明2は,Crが5mol%以
上20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,残余がCoである合金と非
磁性材粒子との混合体からなるスパッタリングターゲットにおいて,このターゲットの組織
を,合金の中に非磁性材粒子が均一に微細分散した相(A)と,その相(A)の中にターゲ
ット中に占める体積の比率が4%以上40%以下の球形の合金相(B)とを有していること
を特徴としたもの(特許請求の範囲請求項2,段落【0012】),・・・(略)・・・であり,
これにより漏洩磁束が大きく安定した放電が得られ,低コストで磁性体薄膜を製造でき,パ
ーティクルの発生量も低減させることができるスパッタリングターゲットを得るとの作用効
果を達成することができるものである(段落【0023】)。』
『6 争点(2)ウ(無効理由3〔サポート要件違反〕)について
本件明細書等においては,・・・(略)・・・少なくとも「球形の合金相(B)」中のCr濃
度の高い領域の存在が漏洩磁束を高める効果に影響を与えていることが記載されているこ
と,・・・(略)・・・いずれの実施例においても,上記「球形の合金相(B)」の部分におい
てCoとCrの濃度が高くなり,Crは周辺部から中心部に向かってより濃度が高くなって
いるとの態様でしか,漏洩磁束を高める作用効果を奏することが記載されていないことから
すれば,当業者において,前記1(2)記載の本件各発明の課題解決手段や,発明を理解するた
めの技術的事項が,発明の詳細な説明に記載されているものとは言い難い。
したがって,本件特許には,サポート要件(特許法36条6項1号)違反の無効理由がある
ものと認めるのが相当である。』
『7 争点(3)(訂正の対抗主張の成否〔サポート要件違反に係る無効理由についての予備的主
張〕)について
(1) 原告は,本件訂正は,本件明細書等に記載された事項の範囲内であり,訂正要件を満たす
旨主張する。
具体的には,原告は,本件明細書等の段落【0059】,【0075】,【0083】,【009
1】及び【0099】を根拠として,それら第4,6ないし9の実施例のターゲットの組織
において観察された「球形の合金相(B)」のうち,一部の「球形の合金相(B)」について,
Co濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域が形成されていることは
EPMAの元素分布画像で観察できたことが示されているとし,本件訂正は,本件明細書等
に記載されている事項の範囲内であると主張する。
原告が指摘する本件明細書等における記載は,実施例第4,6ないし9に関する説明である
ところ,なるほど各実施例についての説明において,「・・・EPMAを用いて元素分布画像
を取得したところ,球形の合金相の部分においてCoとCrの濃度が高くなっており,特に
Crは周辺部から中心部に向かって,より濃度が高くなっていることが確認された。」ことが
記載されている(段落【0059】等。ただし,対応するEPMAの元素分布画像は掲載さ
れていない。図2,5,8で示されているEPMA画像は,実施例1ないし3に係るもので
ある。)。しかし,Crが「球形の合金相(B)」の周辺部から中心部に向かってより濃度が高
くなっていることは,本件訂正に係る訂正事項にいう,球形の合金相内にCr濃度の高い領
域と低い領域が形成されていることを意味するものではない。そうすると,原告の指摘する
上記本件明細書等の記載は,本件訂正の根拠とすることはできないというべきである。
また,本件明細書等には,Crの濃度に関しては「Crの濃度が低い領域と高い領域」(段落
【0016】),「Cr濃度の高い領域」(段落【0017】),「Cr濃度分布」(段落【001
9】)といった記載はあるが,これらの記載のいずれにおいても,「球形の合金相(B)」内の
Coの濃度には触れるところがない。本件各発明における「球形の合金相(B)」については,
本件明細書等の段落【0018】にも「周囲の金属粉(Co粉,Pt粉など)との拡散が進
みにくく」と記載されているとおり,必ずしもCoとCrの二元系合金であることを前提と
しておらず ,「球形の合金相(B)」におけるCo濃度が直ちにCr濃度の裏返しになるとい
う関係も存しないから,本件明細書等の上記各段落の記載をもって本件訂正の根拠とするこ
ともできないというべきである』
『(2) また,原告は,本件訂正によりサポート要件違反の無効理由が解消する旨も主張する。
しかし,前記6で検討したところから明らかなとおり,本件各訂正発明は,いずれもサポー
ト要件違反の無効理由を解消するものとは認められない。
すなわち,原告は,本件明細書等には「相(A)」の中に「球形の合金相(B)」を含有させ
ることにより,Crの濃度の高い領域と低い領域を作り出すことで,均一な組織と比べて,
漏洩磁束を高めることが記載されていると主張するところ,なるほど本件明細書等の段落【0
015】ないし【0017】には,漏洩磁束を高めるメカニズムに関する記載はあるものの,
本件訂正に係るCr,Coの濃度分布に濃淡があるだけで,スパッタリングターゲットにお
いて漏洩磁束を高める理由として記載された,「格子歪み」(段落【0016】)を生じさせ,
「磁壁の移動を妨げ・・・母相である強磁性相内の磁気的相互作用を遮断する」(段落【00
17】)ことができるものとは認め難く,前記のとおり,本件明細書等の実施例においては,
一定の態様でしか効果を奏することが示されていないから,本件各訂正発明においても,依
然としてサポート要件違反の無効理由が存するというべきである。』
[コメント]
発明の詳細な説明の記載からして、請求項の構成だけで課題が解決できるとはいえないか
ら、サポート要件を満たさないとした本判決は妥当と考える。なお、実施例に即した内容で
あり、課題解決できると認識できる請求項4であればサポート要件は満たされていると思わ
れる。(本件では、原告は、被告製品が、(訂正前)請求項2、請求項5、請求項6、請求項
8、訂正後請求項2、請求項5、請求項6に係る発明の技術的範囲に属することを主張して
おり、請求項4に関して主張していない。)
以上
(担当弁理士:奥田 茂樹)
平成 25 年(ワ)第 3357 号 「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」事件
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