IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成27年(ネ)10016号「ティシュペーパー」事件
名称:「ティシュペーパー」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成27年(ネ)10016号 判決日:平成28年9月28日
判決:控訴棄却
特許法70条1項
キーワード:測定方法、JIS規格
[概要]
静摩擦係数の測定方法に関し、JIS規格に準じた方法で測定する旨が明細書に明記されている場合において、特許請求の範囲、明細書及びJIS規格のいずれにも記載されていない事項については、異なる測定方法が複数あり得る場合には、いずれの方法を採用した場合であってもその数値範囲内といえなければ、静摩擦係数の構成要件を充足するとはいえない、とされた事例。
[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第4868622号の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人の行為の差止め等を求めた(東京地裁平成24年(ワ)第6547号)ところ、東京地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服して、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。
[本件発明2](「/」は、原文の改行箇所を示す。)
u 表面に薬液が塗布された2プライのティシュペーパーであって、
v1 薬液は2プライの片面にのみ塗布され、
v2 薬剤含有量が両面で2.0~5.5g/m2であり、
w 2プライを構成するシートの1層あたりの坪量が10~25g/m2であり、
x 2プライの紙厚が100~140μmであり、
y 下記(A)~(D)の手順により測定される静摩擦係数が0.50~0.65である、
(A)ティシュペーパーを1プライにはがし、2プライ時にティシュペーパーの外面にあった面が外側となるようしてアクリル板に張り付ける。
(B)前記ティシュペーパーとは別のティシュペーパーを2プライのまま100gの分銅に巻きつけ、前記アクリル板上のティシュペーパー上に乗せる。
(C)前記アクリル板を傾け、おもりが滑り落ちる角度を測定する。
(D)前記角度の測定を、ティシュペーパーのMD方向同士、ティシュペーパーのCD方向同士で行うこととし、各4回ずつの計8回測定して平均角度を算出して、そのタンジェント値を静摩擦係数とする。
z ことを特徴とするティシュペーパー。
[争点]
構成要件yの充足性
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『 (イ) 本件第2明細書の記載
静摩擦係数の測定方法につき、本件第2明細書には、以下のとおり記載されている。
本発明のティシュペーパーは、静摩擦係数が0.50~0.65、より好ましくは0.55~0.60であるのが望ましい。ここでの静摩擦係数は、JIS P 8147(1994)に準じた、下記の方法で測定する。
1プライにはがしたティシュペーパーを、ティシュペーパーの外側の面が外側に来るようにアクリル板に張り付ける。2プライのまま100gの分銅にティシュペーパーを巻きつけ、アクリル板上のティシューに乗せる。アクリル板を傾け、おもりが滑り落ちる角度を測定する。角度測定はMD方向同士で4回、CD方向同士で4回の計8回実施し、平均角度を算出し、そのタンジェント値を静摩擦係数とする(【0042】)。
(ウ) 前記(イ)のとおり、本件第2明細書には、静摩擦係数をJIS規格に準じた方法で測定する旨明記されているのであるから、構成要件yが規定する静摩擦係数の測定方法に関し、特許請求の範囲及び本件第2明細書のいずれにも記載されていない事項については、原則としてJIS規格に準じて測定すべきである。
JIS規格には、紙の摩擦係数試験方法として水平方法と傾斜方法がある旨記載されているところ(乙1)、前記(ア)及び(イ)は、その内容自体から傾斜方法を採用していることが明らかである。よって、構成要件yが規定する静摩擦係数の測定方法に関し、特許請求の範囲及び本件第2明細書のいずれにも記載されていない事項については、基本的に傾斜方法に係るJIS規格に準じて測定するのが相当である。
(エ)他方、特許請求の範囲、本件第2明細書及びJIS規格のいずれにも記載されていない事項は、構成要件yの静摩擦係数の測定方法において規定されていないというべきであり、そのような事項については、技術常識を参酌し、異なる測定方法が複数あり得る場合には、いずれの方法を採用した場合であっても構成要件yの数値範囲内にあるときでなければ、構成要件yを充足するとはいえない。なぜなら、当業者において、構成要件yの静摩擦係数の測定方法において規定されている事項については、同規定に従い、上記測定方法において規定されていない事項については、あり得る複数の測定方法から適宜に1つを選択して静摩擦係数を測定した結果、構成要件yの数値範囲外であったにもかかわらず、上記複数の測定方法のうち別のものを選択して測定すれば、構成要件yの数値範囲内にある静摩擦係数を得られたとして、構成要件yの充足性を認め、特許権侵害を肯定することは、第三者に不測の利益を負担させることになるからである。しかも、このような事態は、特許権者において、静摩擦係数の測定値に影響を及ぼす測定条件を特許請求の範囲又は明細書において明らかにしなかったことから生じたものということができる。』
『 (イ) 「おもりが滑り始めたときの角度」の意義につき、控訴人は、「おもりが停止せずに傾斜板下まで滑り落ちたか否かにかかわらず、単におもりが動き始めたときの傾斜角」をいうと主張するのに対し、被控訴人は、「おもりがいったん滑り始め、そのまま停止することなく、傾斜板下まで滑り落ちる際の滑り始め時の傾斜角」をいうと主張している。
この点に関し、どのようなおもりの動きをもって「おもりが滑り始めた」とするかについては、特許請求の範囲、本件第2明細書及びJIS規格のいずれにも記載されていない。また、控訴人及び被控訴人の各主張は、いずれも「おもりが滑り始めた」という文言の語義の解釈として、明らかに不合理とまではいい難い。本件証拠上、同解釈に関する確立した技術常識の存在も、認めるに足りない。
以上によれば、構成要件yの静摩擦係数の測定方法において、「おもりが滑り落ちる角度」は、「おもりが滑り始めたときの角度」を意味するが、どのようなおもりの動きをもって「おもりが滑り始めた」とするかについては、規定されていないといわざるを得ない。』
『 ア 被控訴人は、乙53、64、72、73、99、102から104及び121号証等の実験において測定された被告製品の静摩擦係数は、いずれも構成要件yが規定する数値範囲外のものであるから、被告製品は構成要件yを充足しない旨主張する。
(ア) 被控訴人が掲げる上記実験中、少なくとも目視によっておもりの滑り始めを確認したものにおいては、「おもりが滑り落ちる角度」については、被控訴人の主張に沿って、「おもりがいったん滑り始め、そのまま停止することなく、傾斜板下まで滑り落ちる際の滑り始め時の傾斜角」を計測したものと推認される。
(イ) 乙第53号証の実験について
乙第53号証の実験においては、・・・(略)・・・静摩擦係数は、・・・(略)・・・構成要件yの数値範囲外のものであった。』
『 以上によれば、被控訴人が挙げるこれらの実験において、構成要件yの静摩擦係数の測定方法に規定されている事項につき、同規定に従って被告製品の静摩擦係数を測定した結果、構成要件yの数値範囲外の測定値が得られたことは、明らかである。』
『 以上によれば、被告製品は、構成要件yを充足しないというべきである。
(3) よって、被告製品が本件発明2の技術的範囲に属するものと認めることはできない。』
[コメント]
JIS規格番号で測定方法が一義的に定まるわけではないことを本事例は私たちに認識させる。本事例では、JIS規格番号の記載が明細書にあったものの、そのJIS規格からは明らかではない条件をどう扱うかが争われた。
測定方法が一義的に定まらない場合には特許権者に不利になることも本事例は私たちに認識させる。本事例では、「技術常識を参酌し、異なる測定方法が複数あり得る場合には、いずれの方法を採用した場合であっても構成要件yの数値範囲内にあるときでなければ、構成要件yを充足するとはいえない」と裁判所は説示した。つまり、裁判所は、JIS規格から明らかではない条件を特許権者に不利に扱うこととした。
測定方法が一義的に定まらない場合に特許権者を不利に扱う理由として、第三者に不測の利益を負担させることはできないことと、特許権者が測定条件を明らかにしなかったこととを裁判所は挙げており、特許権者に不利に扱うことは納得できる。
本事例の説示は、平成24年(ワ)第15613号(Cu-Ni-Si系銅合金条事件)・平成23年(ワ)第6868号(シリカ質フィラー事件)・平成14年(ワ)第4251号(マルチトール含蜜結晶事件)と同じ路線といえる。Cu-Ni-Si系銅合金条事件では、「X線回折強度の測定方法として積分強度法とピーク強度法のいずれを採用するかについては、・・・(略)・・・当事者が本件発明の技術的内容や本件明細書の記載から積分強度法が採用されていると認識すると認めるべき証拠はない。そうすると、・・・(略)・・・積分強度法とピーク強度法のいずれにおいてもその数値限定の範囲内にある必要があるものと解する」とされた。シリカ質フィラー事件では、「乾式の試料を測定対象とするか、又は湿式処理をした試料を測定対象とするかによって真円度の数値に有意の差が生じる場合、・・・(略)・・・乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれを用いて測定しても、本件発明の構成要件Dが規定する粒径30μm未満の粒子の真円度の数値範囲(「0.73~0.90」)を充足する場合でない限り、構成要件Dの充足を認めるべきではないと解する」とされた。マルチトール含蜜結晶事件では、「見掛け比重の測定方法として、JIS K 6721とパウダーテスター法の二つが存在し、通常いずれの方法を用いるかが当業者に明らかとはいえず、しかも測定方法によって数値に有意の差が生じるのであるから、構成要件Bについては、JIS K 6721とパウダーテスター法のいずれによっても、見掛け比重の数値を充足する必要がある。」とされた。
以上
(担当弁理士:森本 宜延)
平成27年(ネ)10016号「ティシュペーパー」事件
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