IP case studies判例研究

平成28年(ネ)第10031号「オキサリプラチン溶液組成物」事件

名称:「オキサリプラチン溶液組成物」事件
特許権侵害差止請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成28年(ネ)第10031号 判決日:平成28年12月8日
判決:原判決取消
条文:特許法100条1項、2項、70条2項、民訴法157条1項
キーワード:発明の技術的範囲、時機に遅れた攻撃防御方法
[事案の概要]
「オキサリプラチン溶液組成物」に関する特許権の構成要件である「緩衝剤」としての「シュウ酸」は、添加シュウ酸に限られ、化学平衡による解離シュウ酸は含まないとして、差止めおよび廃棄を認めた原審判決が取り消された事例である。
[事件の経緯]
被控訴人(原審原告)は、特許第4430229号の特許権者である。
被控訴人が、控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、控訴人の行為の差止め等を求めた(東京地裁平成27年(ワ)第12416号)ところ、東京地裁が、被控訴人の請求を認める判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を認容し、原判決を取り消した。
[請求項1]
A オキサリプラチン、
B 有効安定化量の緩衝剤および
C 製薬上許容可能な担体を包含する
D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって、
E 製薬上許容可能な担体が水であり、
F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり、
G 緩衝剤の量が、以下の(a)5×10-5M~1×10-2M、(b)5×10-5M~5×10-3M、(c)5×10-5M~2×10-3M、(d)1×10-4M~2×10-3M、または(e)1×10-4M~5×10-4M、
の範囲のモル濃度である、組成物。
[主な争点]
「緩衝剤」(構成要件B、F、G)の充足性(争点(1)ア)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
2.本件発明の「緩衝剤」としての「シュウ酸」は、添加シュウ酸に限られるか、解離シュウ酸も含むか。
『(1)特許請求の範囲の記載について
特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法70条1項)から、まずは、「緩衝剤」の意義について、本件発明に係る特許請求の範囲の記載からみて、いかなる解釈が自然に導き出されるものであるかを検討する。
ア まず、本件発明に係る特許請求の範囲の記載によると、本件発明は、①「オキサリプラチン」(構成要件A)、②「緩衝剤」である「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」(構成要件B、F)及び③「担体」である「水」(構成要件C、E)を「包含」する「オキサリプラチン溶液組成物」に係る発明であることが明らかである。そして、ここでいう「包含」とは「要素や事情を中にふくみもつこと」(広辞苑〔第六版〕)を意味する用語であるから、本件発明の「オキサリプラチン溶液組成物」は、上記①ないし③の3つの要素を含みもつものとして組成されていると理解することができる。すなわち、本件発明の「オキサリプラチン溶液組成物」においては、上記①ないし③の各要素が、当該組成物を組成するそれぞれ別個の要素として把握され得るものであると理解するのが自然である。
しかるところ、本件特許の優先日当時の技術常識によれば、「解離シュウ酸」は、オキサリプラチン水溶液中において、「オキサリプラチン」と「水」が反応し、「オキサリプラチン」が自然に分解すること(前記被記載の図のうち、平衡①に示された反応)によって必然的に生成されるものであり、「オキサリプラチン」と「水」が混合されなければそもそも存在しないものである(当事者間に争いがない。)。してみると、このような「解離シュウ酸」をもって、「オキサリプラチン溶液組成物」を組成する、「オキサリプラチン」及び「水」とは別個の要素として把握することは不合理というべきであり、そうであるとすれば、本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」とは、解離シュウ酸を含むものではなく、添加シュウ酸に限られると解するのが自然といえる。
イ 次に、「緩衝剤」の用語に着目すると、「剤」とは、一般に、「各種の薬を調合すること。また、その薬。」(広辞苑〔第六版〕・乙49)を意味するものであるから、このような一般的な語義に従えば、「緩衝剤」とは、「緩衝作用を有するものとして調合された薬」を意味すると解するのが自然であり、そうであるとすれば、オキサリプラチンの分解によって自然に生成されるものであって、「調合」することが想定し難い解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は、「緩衝剤」には当たらないということになる。
ウ 更に、本件発明においては、「緩衝剤」は「シュウ酸」又は「そのアルカリ金属塩」であるとされるから、「緩衝剤」として「シュウ酸のアルカリ金属塩」のみを選択することも可能なはずであるところ、オキサリプラチンの分解によって自然に生じた解離シュウ酸は「シュウ酸のアルカリ金属塩」ではないから、「緩衝剤」としての「シュウ酸のアルカリ金属塩」とは、添加されたものを指すと解さざるを得ないことになる。そうであるとすれば、「緩衝剤」となり得るものとして「シュウ酸のアルカリ金属塩」と並列的に規定される「シュウ酸」についても同様に、添加されたものを意味すると解するのが自然といえる。
エ 以上のとおり、本件発明に係る特許請求の範囲の記載からみれば、本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は、解離シュウ酸を含むものではなく、添加シュウ酸に限られるものと解するのが自然であるといえる。』
『(2)本件明細書における定義について
次に、特許請求の範囲に記載された用語の意義は、明細書の記載を考慮して解釈するものとされる(特許法70条2項)ところ、本件明細書には、「緩衝剤という用語」について、「オキサリプラチン溶液を安定化し、それにより望ましくない不純物、例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」(段落【0022】)として、これを定義付ける記載(以下、この定義を「本件定義」という。)があるので、これとの関係で、いかなる解釈が相当であるかについて検討する。
ア 「酸性または塩基性剤」との記載について
本件定義においては、「緩衝剤」について「酸性または塩基性剤」であるとされ、飽くまでも「剤」に該当するものであることが前提とされている。しかるところ、前記(1)イのとおりの「剤」という用語の一般的な語義に従う限り、オキサリプラチンの分解によって自然に生成されるものであって、「調合」することが想定し難い解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は、上記「酸性または塩基性剤」には当たらないと解するのが相当といえる。
・・・(略)・・・
イ 「不純物、例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得る」との記載について
・・・(略)・・・
他方、解離シュウ酸は、上記(ア)のとおり、 水溶液中のオキサリプラチンの一部が分解され、ジアクオDACHプラチンとともに生成されるもの、すなわち、オキサリプラチン水溶液において、オキサリプラチンと水とが反応して自然に生じる上記平衡状態を構成する要素の一つにすぎないものであるから、このような解離シュウ酸をもって、当該平衡状態に至る反応の中でジアクオDACHプラチン等の生成を防止したり、遅延させたりする作用を果たす物質とみることは不合理というべきである。
・・・(略)・・・
ウ 小括
以上によれば、オキサリプラチン水溶液中の解離シュウ酸は、本件定義における「酸性または塩基性剤」に当たるものとは解されず、また、「不純物、例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得る」ものともいえないというべきであるから、本件定義に照らしてみても、本件発明における「緩衝剤」
としての「シュウ酸」は、解離シュウ酸を含むものではなく、添加シュウ酸に限られるものと解するのが相当である。』
『(3)本件明細書のその他の記載について
・・・(略)・・・
ア 本件明細書の実施例に関する記載によると、実施例1ないし17は、いずれも水に緩衝剤(・・・(略)・・・)及びオキサリプラチンを混合することにより製造されるものとされており、緩衝剤は外部から加えられるものとされている。また、これらの実施例に係る成分表(表1Aないし1D)には、・・・(略)・・・、解離シュウ酸を含むシュウ酸のモル濃度については何ら記載されていない。
このような実施例に関する記載からすると、本件明細書においては、「緩衝剤」の量(モル濃度)に関し、解離シュウ酸を考慮に入れている形跡は見当たらず、専ら加えられるシュウ酸等の量(モル濃度)のみが問題とされているものといえる。
・・・(略)・・・
エ 以上によれば、本件定義以外の本件明細書の記載に照らしてみても、本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は、解離シュウ酸を含むものではなく、添加シュウ酸に限られるものと解するのが相当といえる。』
『(4)本件発明の目的(乙1発明との関係)について
ア 前記1(2)で述べたとおり、本件特許の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載を総合すれば、本件発明は、乙1発明を含むオキサリプラチンの従来既知の水性組成物(オキサリプラチンと水のみからなるオキサリプラチン水溶液)の欠点を克服・改善すること、すなわち、乙1発明等に比して生成されるジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体といった不純物が少ないオキサリプラチン溶液組成物を提供することをその目的とし、その解決手段として、所定量の「シュウ酸又はそのアルカリ金属塩」を「緩衝剤」として包含する構成を採用したものであると認められる。
そして、これを前提とすれば、本件発明の「緩衝剤」は、乙1発明において生成される上記不純物の量に比して少ない量の不純物しか生成されないように作用するものでなければならない。しかるところ、水溶液中のオキサリプラチンの分解により平衡状態に達するまで自然に生成される解離シュウ酸は、乙1発明中にも当然に存在するものであるから、このような解離シュウ酸のみでは、乙1発明に比して少ない量の不純物しか生成されないように作用することは通常考え難いことといえる。・・・(略)・・・
以上のような本件発明の目的及び本件発明と乙1発明との関係に照らしてみても、本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は、解離シュウ酸を含むものではなく、添加シュウ酸に限られるものと解するのが相当といえる。』
『(5)まとめ
以上の検討結果を総合すれば、控訴人主張の「外国における対応特許等の出願経過」を考慮するまでもなく、本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は、添加シュウ酸に限られ、解離シュウ酸を含まないものと解される。
しかるところ、被告製品は、解離シュウ酸を含むものの、シュウ酸が添加されたものではないから、「緩衝剤」を含有するものとはいえず、構成要件B、F及びGの「緩衝剤」に係る構成を有しない。
そうすると、被告製品は、その余の構成要件について検討するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属しないものと認められる。』
3 時機に後れた攻撃防御方法の却下について
『(2)そこで検討するに、被控訴人の上記主張は、特許権に基づく差止請求等に係る請求原因として、同一の特許に係る別の請求項に係る発明を追加するものであるから、訴えの追加的変更には当たらず、攻撃防御方法を追加するものと解される。しかるところ、その主張が、特許権侵害訴訟における請求原因の根幹をなす発明について新たな請求項に係る発明を追加するものであること、控訴審の第2回口頭弁論期日に至って初めて主張されたものであること、他方、そのような請求項の追加は、本来、原審の審理において適時に行うべきものであり、被控訴人においてこれができなかった事情は格別認められないことからすると、被控訴人の上記主張は、時機に後れて提出されたものというべきであり、かつ、その点について、被控訴人には少なくとも重過失があるというべきである。』
[コメント]
オキサリプラチン製剤は結腸・直腸がんの抗がん剤として承認されており、がん細胞の2本鎖DNAに化学的に架橋構造を形成し、転写阻害により細胞増殖を阻害する作用を有している。
本判決の原審では、「緩衝剤」としてのシュウ酸が「添加された場合」に限定解釈されるべきかが争われ、限定解釈を認めなかったが、その控訴審である本判決では、「緩衝剤」としての「シュウ酸」は、添加シュウ酸に限られ、化学平衡による解離シュウ酸は含まないとして、原審判決を取り消している。
また、本事件の被告製剤はジェネリック品である。原告は他の12社にも同様の訴訟を起こしている(debiopharm社HP)が、複数の理由付けで侵害を否定した本判決の判断は他の訴訟においても強い影響を及ぼすであろう。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)

平成28年(ネ)第10031号「オキサリプラチン溶液組成物」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ