IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成29年(ネ)第10041号「累進多焦点レンズ」事件
名称:「累進多焦点レンズ」事件
特許権侵害に基づく損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成29年(ネ)第10041号 判決日:平成29年8月29日
判決:控訴棄却
特許法70条2項
キーワード:構成要件充足性、均等論、本質的部分
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/049/087049_hanrei.pdf
[概要]
本件発明の本質的部分は、条件式を設定したこと等にあるところ、被告製品では、当該条件式中の構成が特定できないために、本質的部分において相違し、均等の第1要件を充足しないと判断された事例。
[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第3611154号の独占的通常実施権者(平成26年2月25日まで)又は専用実施権者(同月26日以降)である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人の行為に対して損害賠償を求めた(東京地裁平成26年(ワ)第8134号)ところ、東京地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。
[訂正後の本件発明1](下線は訂正部分)
【請求項1】
A レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って、近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と、近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と、前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え、
B 前記近用視矯正領域の中心は、近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て、
C 前記近用アイポイントでの屈折力をKEとし、前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をKAとし、前記近用視矯正領域の中心での屈折力をKBとし、前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をWF(mm)としたとき、
0.6<(KE-KA)/(KB-KA)<0.9 (1)
WF≧50/(KB-KA) (2)
の条件を満足する
D ことを特徴とする累進多焦点レンズ。
[主な争点]
ア 被告製品はそれぞれ構成要件Aを充足するか(争点1-1)
ウ 被告製品はそれぞれ構成要件Cを充足するか(争点1-3)
カ 被告製品はそれぞれ本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属するか(争点1-6)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(1) 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)について
ア 「特定視距離矯正領域」について
・・・(略)・・・「特定視距離矯正領域」とは、「ある程度の広がりを持ったエリア」で、「屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域」であることを要すると解すべきである。このように解釈することは、「特定」の「視距離」に応じて「矯正」する「領域」との字義にも整合する。』
『イ 被告製品が「特定視距離矯正領域」を備えていることについて
・・・(略)・・・眼鏡が「特定視距離矯正領域」を備えているというには、視力の矯正にふさわしい位置にあり、ある程度の広がりを持ったエリアで、屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域であることを要すると解される。そして、本件上方領域は、原判決別紙「被告製品の度数分布」記載1「基準線上の度数分布(乙7)」によれば、下方の領域では、屈折力がほぼ一定となっているものの、それよりも上の領域では屈折力がかなり変化しており、それよりもさらに上の部分も、屈折力が緩やかではあるが、減少し続けていることが見て取れる上、原判決別紙「被告製品の度数分布」記載2「面平均度数分布(乙15)」を見ても、下方の領域には、「近用度数測定位置」から下に向かって、屈折力がほぼ一定で、ある程度広がりを持ったエリアが存在するのに対し、本件上方領域に該当する部分は、等屈折力線の幅が狭くなっており、領域と言えるほどのエリアは存在していないのであるから、ある程度の広がりを持ったエリアで、屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域であるとはいえない。
・・・(略)・・・
また、本件上方領域は、レンズを通常の眼鏡フレームに合わせて加工したときに、その全部又は大半がフレームの外側に外れてしまう部分であるから、視力の矯正にふさわしい位置にあるともいえない。
・・・(略)・・・
ウ 小括
以上によれば、被告製品が「特定視距離矯正領域」を備えていると認めることはできず、被告製品は、いずれも、構成要件Aを充足しない。
(2) 争点1-3(被告製品は構成要件Cを充足するか)について
ア 「特定視距離矯正領域の中心」について
・・・(略)・・・被告製品については、「特定視距離矯正領域」を備えているとは認められないことは上記(1)で認定したとおりであり、そうすると「特定視距離矯正領域の中心」を特定することもできないことは明らかである。
イ 条件式(2)を満たすことについて
・・・(略)・・・被告製品については、「特定視距離矯正領域」を備えているとは認められないのであって、その中の明視域を特定することができず、その最大幅を測定することもできないから、「特定視距離矯正領域における明視域の最大幅」を特定することはできない。
・・・(略)・・・
ウ 小括
以上によれば、被告製品は、いずれも、構成要件Cを充足しない。
(3) 争点1-6(被告製品は本件発明と均等であるか)について
ア 第1要件について
・・・(略)・・・特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであり、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。
・・・(略)・・・本件発明は、「近用視矯正領域」と、「特定視距離矯正領域」と、「近用視矯正領域と特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域」とを備えた累進多焦点レンズを前提に、目の調節力の衰退が大きい人が長い時間にわたって快適に近方視を継続することを目的として、近用アイポイントから近用中心までの距離を2mmから8mmと設定するとともに、条件式(1)(2)の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズを提供した結果、視線を大きく下げることなく中間視から近用視へ移行することができ、近用部において広い明視域を確保するとともに、特定視部の明視域を大きく確保することを実現したものであるから、本件発明の本質的部分は、近用アイポイントから近用中心までの距離を2mmから8mmと設定したことと、条件式(1)(2)を設定したことにあると認められる。
そして、条件式(1)(2)では、「近用視矯正領域の中心での屈折力」であるKBと「特定視距離矯正領域の中心での屈折力」であるKAとの差(KB-KA)が用いられているところ、「特定視距離矯正領域」の範囲を特定できなくては、「特定視距離矯正領域の中心」が特定できず、その屈折力KAを求めることができない上、条件式(2)では、前記(2)イのとおり、「特定視距離矯正領域」の範囲を特定することができなければ、「特定視距離矯正領域」の明視域の最大幅WFを特定することができない。したがって、条件式(1)(2)を満足させるためには、「特定視距離矯正領域」の範囲を特定できることが必要であるから、「特定視距離矯正領域」が、屈折力が一定ないしほぼ一定の領域を有する、ある程度広がりを持った領域であることも、本件発明の技術的思想を構成する特徴的部分であり、本質に係る部分である。
したがって、控訴人の主張は、採用できない。
(オ) 被告製品は、前記(1)(2)のとおり、いずれも「特定視距離矯正領域」、「特定視距離矯正領域の中心」を充足せず、条件式(1)(2)を満足させるものではないから、本件発明とは、その本質的部分において相違することが明らかであり、均等の第1条件を充足しない。
イ 小括
以上によれば、その余の要件について検討するまでもなく、被告製品について均等侵害の成立を認める余地はない。』
[コメント]
裁判所は、本件特許の明細書の記載から、本件特許の構成要件Aにおける「特定視距離矯正領域」は、視力の矯正にふさわしい位置にあり、「ある程度の広がりを持ったエリア」で、「屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域」であると解釈した。これに対して、被告製品では、下方領域では屈折力が一定であるが、上方領域では、屈折力は減少し続けているため一定とは言えない(いわゆる累進単焦点レンズ)。また、上方領域は、レンズ加工により全部又は大半がフレームの外側に外れてしまうことから、視力の矯正にふさわしい位置とも言えない。これらの理由から、被告製品は、「特定視距離矯正領域」を備えず、構成要件Aを充足しないと判断された。また、被告製品が、「特定視距離矯正領域」を備えない以上は、構成要件Cにかかる条件式も計算することができないため、構成要件Cも充足しないと判断された。これらの判断は、原審の判断と同等であり、「特定視距離矯正領域」における屈折力(面屈折力)が一定であることを前提とした明細書の記載からは妥当であると考えられる。
控訴審では、原審で判断がなされなかった均等論についても判示された。本質的部分の解釈には、平成27年(ネ)第10014号(知財高裁大合議)における「当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべき」との規範が用いられ、構成要件Cにおける条件式等が本質的部分と認定され、「特定視距離矯正領域」を備えない被告製品は、本質的部分において本件発明と相違すると判断された。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)
平成29年(ネ)第10041号「累進多焦点レンズ」事件
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