IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成29年(ワ)第40193号「コンピュータ、その制御方法、及びその制御プログラム」事件
名称:「コンピュータ、その制御方法、及びその制御プログラム」事件
損賠賠償請求事件
東京地方裁判所:平成29年(ワ)第40193号 判決日:平成30年9月6日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:特許権侵害訴訟、損害賠償、文言解釈、意見書の参酌
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/003/088003_hanrei.pdf
[概要]
「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」という文言について、明細書の記載および意見書を参酌して、プレイヤがゲーム空間内の一定の空間を選択することが前提であると認定し、被告らゲームアプリは、原告の特許権に係る特許発明の構成要件1C、2Dを充足せず、被告らゲームアプリは原告の特許権を侵害しないとして、損害賠償請求が棄却された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5952947号(以下、「本件特許権」)の特許権者である。
原告は、被告らによる「クラッシュ・オブ・クラン」というゲームアプリのゲームプログラムの作成、配信が当該特許権を侵害すると主張して、被告らに対し、民法709条に基づき損害賠償金等の支払を求めた。東京地裁は、被告らゲームアプリが特許権の技術的範囲に属さないとして、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項6】(本件発明1;構成要件1A~1Iに分説)
1A:記憶部を備えるコンピュータの制御プログラムであって、
1B:プレイヤからの指示に基づいて、少なくとも他プレイヤの攻撃から防御するためのゲーム媒体を含み得るゲーム媒体をゲーム空間内に配置することによりゲームを進行させることと、
1C:ゲーム媒体の配置位置を規定する、他プレイヤの攻撃に対する防御に用いるテンプレートを作成することであって、プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとすることと、
1D:前記ゲーム空間内に配置されたゲーム媒体の種類及び位置と、前記テンプレートと、前記テンプレートに対応するサムネイルと、を前記記憶部に記憶することと、
1E:前記ゲーム空間と、所定のボタンと、を含むゲーム進行画面を表示することと、
1F:前記ゲーム進行画面において、前記所定のボタンがプレイヤによって選択されたことに応答して、テンプレートに対応するサムネイルを含むテンプレート選択画面を表示することと、
1G:前記テンプレート選択画面において、プレイヤの指示に応答して、特定のサムネイルに対応するテンプレートを選択することと、
1H:前記選択されたテンプレートを適用することと、
1I:を実行させる、コンピュータの制御プログラム。
【請求項8】(本件発明2;構成要件2A~2Jに分説)
2A:記憶部と、
2B:処理部と、を備え、該処理部は、
2C:プレイヤからの指示に基づいて、少なくとも他プレイヤの攻撃から防御するためのゲーム媒体を含み得るゲーム媒体をゲーム空間内に配置することによりゲームを進行させ
2D:ゲーム媒体の配置位置を規定する、他プレイヤの攻撃に対する防御に用いるテンプレートを作成することであって、プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとし、
2E:前記ゲーム空間内に配置されたゲーム媒体の種類及び位置と、前記テンプレートと、前記テンプレートに対応するサムネイルと、を前記記憶部に記憶し、
2F:前記ゲーム空間と、所定のボタンと、を含むゲーム進行画面を表示し、
2G:前記ゲーム進行画面において、前記所定のボタンがプレイヤによって選択されたことに応答して、テンプレートに対応するサムネイルを含むテンプレート選択画面を表示し、
2H:前記テンプレート選択画面において、プレイヤの指示に応答して、特定のサムネイルに対応するテンプレートを選択し、
2I:前記選択されたテンプレートを適用する、
2J:コンピュータ。
[被告らの行為]
被告らが作成、配信する本件ゲームは、プレイヤが基本画面においてレイアウトエディタのアイコンをタップしてレイアウトエディタ画面を表示させ、レイアウトに対応する縮小画面を選択、保存することによって新たなレイアウトを作成する。そこに、プレイヤがゲーム空間内の一定の範囲を選択するという機能や動作は全くない(判決文P.42)。
[争点](裁判所は、争点1-2(イ)のみを判断)
(1)技術的範囲に属するか否か(争点1)
(イ)「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとする」の充足性(構成要件1C及び2D)(争点1-2(イ))
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 争点1ー2(イ)(「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとする」との文言の充足性(構成要件1C及び2D)について
(1)証拠(甲4、乙29)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
・・・(略)・・・』(判決文P.34)
『(2)ア 構成要件1C及び2Dは「ゲーム媒体の配置位置を規定する、他プレイヤの攻撃に対する防御に用いるテンプレートを作成することであって、プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとする」というものである。
これらの構成要件においては、「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」に配置済みのゲーム媒体及びその配置位置をテンプレートとすることが定められていて、プレイヤが「ゲーム空間の全体」を選択することとされているが、「ゲーム空間の全体」に関して、プレイヤによってどのような選択がされるかについては、特許請求の範囲には記載がない。』(判決文P.35-36)
『ウ 原告は、本件特許の出願に際し、特許庁審査官から本件各発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、当該出願は同法36条6項2号に規定する要件を満たしていないなどとされたことを受け、「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとすること」という文言を含む請求項2を新たに追加等する特許請求の範囲の補正をした上で、平成27年12月7日、特許庁審査官に対して意見書(以下「本件意見書」という。)を提出した。(甲22)
本件意見書には、「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に」との文言は、例えば段落0037の「任意の二点のタップにより、当該二点を頂点とする範囲311が選択される」との記載において、「任意の二点」をゲーム空間の左上の点および右下の点とすれば「ゲーム空間の全体」となることから、当初明細書の記載から自明な事項と言えます。」との記載がある。
(3) 前記1(2)のとおり、本件各発明は、街作りゲームの利便性を向上させることを目的として、ゲーム空間内の所定の範囲に配置された施設の配置を規定するテンプレートを作成し、これをゲーム空間内の所定の範囲に適用することによって、ゲーム空間内の施設の配置をテンプレートに従って変更するというものである。
そして、前記1(1)のとおり、本件明細書には、課題を解決するための手段として、プレイヤからの指示に基づいてゲーム空間内の所定の範囲についてテンプレートが作成されることがあることや、プレイヤからの指示に基づいてテンプレートがゲーム空間内の所定の範囲に適用されることがあることが記載され、また、前記(2)イのとおり、本件明細書には、発明を実施するための形態として、プレイヤがテンプレートの作成を指示したとき、「範囲選択画面」が表示され、そこにおいては、ゲーム空間の一部について、テンプレートが作成される範囲が表示されていること、テンプレートが作成される範囲について、例として、プレイヤが任意の2点をタップして、当該2点を対頂点とすることで定められることがあること、ゲーム空間の一部に対して、そのテンプレートが適用されることが記載されている。他方、本件明細書には、「ゲーム空間」の選択に関して、上記内容とは異なる内容の記載はない。
さらに、前記(2)ウのとおり、原告は、本件意見書において、補正により加えられた「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」との記載について、プレイヤがゲーム空間のうちのテンプレートが作成される範囲を指定するという段落【0037】の記載を挙げた上で、プレイヤがゲーム空間の左上の点および右下の点をタップすることで、ゲーム空間の全部の範囲を選択することができることを意味する旨述べて、その記載が当初明細書から自明であると述べている。
以上によれば、本件明細書には、本件各発明のテンプレートはゲーム空間内の所定の範囲について作成、適用されるもので、その範囲についてプレイヤが定めることが記載されており、原告もそのことを前提として、プレイヤがゲーム空間内の全部の範囲をテンプレートの範囲とすると定めることによりゲーム空間の全体が選択されることになるという意見を述べたといえる。
上記の本件明細書及び本件意見書の記載を参酌すれば、構成要件1C及び2Dの「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」における「選択」とは、テンプレートの作成について、プレイヤがテンプレートとするゲーム空間内の一定の範囲を選択することを前提として、テンプレートを作成する際に、プレイヤがゲーム空間内の全部の範囲を選択することを意味するものと解釈するのが相当である。
(4) これに対し、原告は、構成要件1C及び2Dにおける「ゲーム空間の全体」とは文字通りゲーム空間全体を意味するのであってゲーム空間のうちどの部分を選択するかの決定権をプレイヤが有していることを必須の構成要素とはするものではないと主張し、また、本件明細書の第1及び第2実施形態は、テンプレートの作成、適用の具体例を示したにすぎないなどと主張する。
しかし、「ゲーム空間の全体」がプレイヤによって選択されるとしても、プレイヤによってどのような態様による選択がされるかについては、特許請求の範囲の記載からは明らかではない。本件明細書には、テンプレートの作成に当たって、プレイヤがゲーム空間内の一定の範囲を選択することは記載されているが、それ以外の選択に関する構成については何ら記載も示唆もないから、前記と異なる態様でのプレイヤによる選択について、本件明細書に記載や示唆があるとはいえないし、原出願日の当業者の技術常識に照らして明らかであるともいえない。また、原告は、本件特許の出願経過(甲22)において、プレイヤがタップする任意の2点をゲーム空間の左上及び右下の点とすれば「ゲーム空間の全体」になるなどと説明しており、この説明はプレイヤにおいてゲーム空間内の一定の範囲を選択することを前提としているものといえ、前記解釈に沿うものといえる。原告の主張は採用することができない。
(5) 上記(1)で認定のとおり、本件ゲームは、プレイヤが基本画面においてレイアウトエディタのアイコンをタップしてレイアウトエディタ画面を表示させ、レイアウトに対応する縮小画面を選択、保存することによって新たなレイアウトを作成するというものである。そうすると、そこにはプレイヤがゲーム空間内の一定の範囲を選択するという機能や動作は全く存在していない。
したがって、本件プログラム及び本件携帯端末は、いずれも構成要件1C及び2Dを充足しない。
3 以上によれば、本件プログラム及び本件携帯端末については、他の構成要件の充足性を判断するまでもなく、本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。』(判決文P.40−43)
[コメント]
「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」という文言について、プレイヤが選択することが必須であるか、必須でないかについて争われた。裁判所は、明細書の記載には、プレイヤがゲーム空間内の一定の範囲を選択する記載しかなく、プレイヤが選択しないという記載がないことから、プレイヤの選択が必須であると判断している。さらに、権利化の過程において、「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」が新規事項の導入ではないことを説明するために、プレイヤがタップする任意の2点をゲーム空間の左上及び右下の点とすれば「ゲーム空間の全体」になるなどと説明しており、この記載も上記のプレイヤによる選択が必須であるという解釈の理由の一つになっている。
本件侵害訴訟のような場合に原告が勝訴するには、このような意見書での主張に反する主張が必要となるものであり、本件侵害訴訟にて原告が勝訴することが難しいと訴訟前に予見される。しかし、訴訟により被告のレイアウトエディタ機能が日本国内のみゲームアプリから削除されているので、訴訟提起による何らかの効果を狙ったのかもしれない。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)
平成29年(ワ)第40193号「コンピュータ、その制御方法、及びその制御プログラム」事件
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