IP case studies判例研究

令和2年(ネ)第10044号「流体供給装置」事件

名称:「流体供給装置」事件
特許権侵害損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和2年(ネ)第10044号 判決日:令和3年6月28日
判決:原判決一部取消
特許法第70条第1項、第2項
キーワード:構成要件充足性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/472/090472_hanrei.pdf
[概要]
一部被告製品の侵害を認容した一審判決に対し、特許発明の課題とその課題解決手段の技術的意義を検討した上で、被告製品の構成要件充足性を否定し、一審判決を取り消した事例である。
[事件の経緯]
(1)一審原告は特許第4520670号に基づき一審被告に対し侵害訴訟を提起したところ、東京地方裁判所は、令和2年1月30日、一審原告の主張を認め一部被告製品の差止めおよび損害賠償支払いを命じた。
(2)控訴人・被控訴人(一審原告)および被控訴人・控訴人(一審被告)は、それぞれの敗訴部分を不服として知的財産高等裁判所に控訴した。
(3)なお、本件特許に対して2つの無効審判事件が特許庁に係属しており、一方の事件については、令和2年2月21日に本件発明1についての特許を無効とする旨の審決予告がなされ、令和2年6月29日に一審原告は本件特許請求の範囲の訂正請求をした。
[本件発明1]
1A :  記憶媒体に記憶された金額データを読み書きする記憶媒体読み書き手段と、
1B :  前記流体の供給量を計測する流量計測手段と、
1C1 : 前記流体の供給開始前に前記記憶媒体読み書き手段により読み取った記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取り込むと共に、
1C2 : 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記記憶媒体に書き込ませる入金データ処理手段と、
1D :  該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データに相当する流量を供給可能とする供給許可手段と、
1E :  前記流量計測手段により計測された流量値から請求すべき料金を演算する演算手段と、
1F1 : 前記流量計測手段により計測された流量値に相当する金額を前記演算手段により演算させ、
1F2 : 当該演算された料金を前記入金データの金額より差し引き、
1F3 : 残った差額データの金額を前記記憶媒体の金額データに加算し、
1F4 : 当該加算後の金額データを前記記憶媒体に書き込む料金精算手段と、
1G  : を備えたことを特徴とする流体供給装置。
[被告給油装置]
1a :  電子マネー媒体に記憶された金額データを読み書きするリーダーと、
1b :  ガソリンや軽油といった油の供給量を計測する給油量計測手段と、
1c1 : 油の供給開始前に前記リーダーによって読み取った電子マネー媒体の金額データが示す金額以下の金額であって、顧客が指定した金額を入金データとして取り込むとともに、
1c2 : 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記電子マネー媒体に書き込ませる入金データ処理手段と、
1d :  該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データに相当する油量の油を供給可能とする供給許可手段と
1e :  上記油量に達しない段階で給油を終了した場合に、返金のための金額を演算する演算手段と、
1f :  上記の場合に、上記演算に基づいて算定された返金額を前記電子マネー媒体に書き込ませる料金精算手段と、
1g :  を備えたことを特徴とする給油装置
[争点]※争点は6つあるが、以下、争点(1)について示す。
(1) 被告給油装置は本件発明1の技術的範囲に属するか
[裁判所の判断](筆者にて判決文から適宜抜粋した。)
『(2) 先引落しの処理を加えることの技術的意義
・・・(略)・・・
このように、全体プロセスの複雑化という結果を生じるにもかかわらず、本件発明が「先引落し」の処理を加える構成をあえて採用したことの理由は、本件明細書には記載されていない。しかし、セルフ式GSでの利用を前提とする限り、その理由は、上記の簡便な手段では、顧客が給油終了後に代金決済をせずに立ち去る可能性を排除できないことにあると推認するのが合理的である・・・(略)・・・。
・・・(略)・・・本件発明では、プリペイドカードという物を担保に取ることに代えて、入金データ金額yを担保に取るという新規な構成によって、代金回収不能のリスクを避けつつ、本件3課題を解決したものといえる。
言い換えると、本件従来技術においては、給油開始前にプリペイドカードを預かること(以下「媒体預かり」という。)と給油終了後に代金を引き落とすこと(以下「後引落し」という。)との組合せによって、代金回収不能のリスクを避けつつセルフ式GSの運営を可能にしていた。これに対し、本件発明は、代金回収不能のリスクを避けつつセルフ式GSの運営を可能にするだけでなく、本件3課題を解決するために、「先引落し」と「後精算」との組合せを採用したものといえる。
・・・(略)・・・
3 争点1(充足論)について
(1) 非侵害論主張④について
・・・(略)・・・
イ 引き落とされるべき金額について
(ア) 本件発明1の構成要件1C1において、「先引落し」の金額となる「記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額」、すなわち「カード残高以下の額」を具体的にどのように定めるかは特定されていない。そこで、本件明細書の記載を参酌すると、先引落しの金額は、実施例1においてはカード残高の全額であり(【0037】)、実施例2においては「予め決められた設定金額」(以下「事前設定金額」という。)である(【0049】)。
後者の「設定」を誰が行うかについて、一審原告は、顧客が設定する場合も含まれると主張するが、顧客が設定する金額は、給油の都度変動するはずのものであって、「予め決められた」金額であるということはできないから、上記主張を採用することはできず、上記文言は、設定器のシステムが予め設定した金額を意味するものと解すべきである(ただし、顧客が、個々の給油とは別に、予め定額の引き去り額を設定するというのであれば、これは、「予め決められた設定金額」に当たる可能性はあり得る。しかし、被告給油装置の具体的動作③④において顧客が選択する「給油量又は給油金額」は、まさに、個々の給油の際に指定するものであって、その都度変動するものであるから、上記の定義には当てはまらない。)。
(イ) このように、「先引落し」の対象として、通常であれば、まず第一に思いついてよいはずの「顧客が指定した金額」が実施例として記載されず、いわば給油所運営者側の都合で設定される「カード残高の全額」又は「予め決められた設定金額」のみが実施例として記載されているのは、構成要件1C1における「先引落し」額が、上記1(2)で指摘したとおり、給油代金の「担保」としての性格を有するものだからであると考えられる。すなわち、本件発明1の構成要件1Cのステップにおいては、給油予定量とは何ら関係なく、担保としての「先引落し」額が決定されるものであり、その後、1Dないし1Fのステップにおいて初めて、「実際の給油→給油量に基づく給油代金の算定→先引落し額から給油代金額の引去り→残額の返還」という、給油が実施されたことを前提とした精算処理が予定されている。このように、「先引落し」額そのものは、実際の給油代金額としてではなく、あくまでも後に支払われるべき給油代金額の担保として決定されるものであるため、その額の決定に当たっては、給油所運営者の側が、給油代金確保の必要性その他の観点から適当な金額を定めれば足りるのであって、その額を決定するのに当たって顧客の意思を反映させる必要はない。このように考えると、実施例が、顧客が先引落し額を決定する場合を記載していないのは、その必要がないからであり、したがって、本件発明1は、顧客が「先引落し」額を決定するという構成を想定していないものと解される。
これに対し、被告給油装置においては、「先引落し」の金額となる「電子マネー媒体の金額データが示す金額以下の金額」は、顧客が利用に際して指定する給油予定量に対応した給油予定金額である。これは、上記2(5)のとおり、被告給油装置が利用する前払い式電子マネーの決済手続においては、まず、顧客が一定額を支払って「給油ができる権利」を購入する必要があるからである。このため、被告給油装置の構成要件1c1において引き落とされる金額は、担保ではなく給油代金そのものであり、したがって、それが顧客の意思と関わりなく決定されることはあり得ない。
このように、本件発明1と被告給油装置とでは、先引落し金額が有する意味合いが全く異なり、それを反映して、被告給油装置においては、先引落し金額を、本件発明1の構成要件1C1が想定しない、顧客が定めるという方法で定めることとなっているのであるから、被告給油装置の構成要件1c1は、本件発明1の構成要件1C1を充足しない。
・・・(略)・・・
(2) 非侵害論主張⑤について
・・・(略)・・・
イ 非接触式ICカードの「記憶媒体」該当性
・・・(略)・・・本件発明の「記憶媒体」は必ずしも磁気プリペイドカードには限定されない。
しかしながら、本件発明の技術的意義が上記1のとおりであることに照らして、「媒体預かり」と「後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ、本件3課題が生じることはなく、したがって、本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから、上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は、本件発明の「記憶媒体」には当たらない。
かかる見地にたって検討するに、被告給油装置で用いられる電子マネー媒体は非接触式ICカードであるから、その性質上、これを用いた決済等に当たっては、顧客がこれを必要に応じて瞬間的にR/Wにかざすことがあるだけで、基本的には常に顧客によって保持されることが予定されているといえる。そのため、電子マネー媒体に対応したセルフ式GSの給油装置を開発するに当たって、物としての電子マネー媒体を給油装置が「預かる」構成は想定し難く、電子マネー媒体に対応する給油装置を開発しようとする当業者が本件従来技術を採用することは、それが「媒体預かり」を必須の構成とする以上、不可能である。
そうすると、被告給油装置において用いられている電子マネー媒体は、本件発明が解決の対象としている本件3課題を有するものではなく、したがって、本件発明による解決手段の対象ともならないのであるから、本件発明にいう「記憶媒体」には当たらないというべきである。むしろ、電子マネー媒体を用いる被告給油装置は、現金決済を行う給油装置において、顧客が所持金の中から一定額の現金を窓口の係員に手渡すか又は給油装置の現金受入口に投入し、その金額の範囲内で給油を行い、残額(釣銭)があればそれを受け取る、という決済手順(これは乙4公報の【0002】に従来技術として紹介されており、周知技術であったといえる。)をベースにした上、これに電子マネー媒体の特質に応じた変更を加えた決済手順としたものにすぎず、本件発明の技術的思想とは無関係に成立した技術であるというべきである。一審被告の非侵害論主張⑤は、このことを、被告給油装置の電子マネー媒体は本件発明の「記憶媒体」に含まれないという形で論じるものと解され、理由がある。
ウ 一審原告の主張について
(ア) 一審原告は、本件発明の「記憶媒体」は、構成要件1C及び1Fの動作に適した「記憶媒体」であれば足りる旨主張する。
しかしながら、発明とは課題解決の手段としての技術的思想なのであるから、発明の構成として特許請求の範囲に記載された文言の意義を解釈するに当たっては、発明の解決すべき課題及び発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し、当該構成によって当該作用効果を奏し当該課題を解決し得るとされているものは何かという観点から検討すべきである。しかるに、一審原告の上記主張は、かかる観点からの検討をせず、形式的な文言をとらえるにすぎないものであって、失当である。
・・・(略)・・・
(3) 充足論についての小括
以上によれば、一審被告の非侵害論主張④及び⑤は理由があるから、その余の非侵害論主張の成否について判断するまでもなく、被告給油装置及び被告プログラムは本件特許を侵害しない。』
[コメント]
一審では、被告給油装置が第1要件から第3要件を充足するとして均等侵害が認められたものの、本控訴審では、一審において構成要件充足性の争いがないとされていた構成要件(1C1)および「電子マネー媒体」に対し、技術的意義および課題の解決手段としての技術的思想に照らして構成要件充足性を判断して侵害が否定された。判決を読む限り、当事者の主張を超えてやや踏み込んだ点もあるものの結論として極めて妥当であると考える。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)

令和2年(ネ)第10044号「流体供給装置」事件

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