IP case studies判例研究

平成29年(ワ)第24942号「ウェブページ閲覧方法」事件

名称:「ウェブページ閲覧方法」事件
特許権侵害に基づく不当利得返還等請求事件
東京地方裁判所:平成29年(ワ)第24942号 判決日:令和3年1月20日
判決:請求認容
特許法70条、102条
キーワード:特許権侵害訴訟、ソフトウェア、文言解釈
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/090338_hanrei.pdf
[概要]
 特許出願日当時の接続方法であっても、出願後の接続技術であっても、IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とを対応付ける前提が同一であるので、本件発明の技術思想が当てはまり、被告サービスが技術的範囲に属するとして、特許権者である原告の被告に対する不当利得返還等請求が認容された事例。
[事件の経緯]
 原告は、特許第3254422号の特許権者である。
 原告は、被告の運営するウェブサイトの地域ターゲティング広告等のサービスが原告の特許権を侵害すると主張して、民法709条、特許法102条3項に基づく損害賠償請求又は民法703条、704条に基づく不当利得返還請求の一部を請求した。
 裁判所は、特許権の侵害を認め、原告の請求を認容した。
[本件発明]
(本件発明1;請求項1)※下線は補正部分を示す。
1A 通信ネットワークを介して、ウェブ情報をユーザ端末に提供するウェブ情報提供方法において、
1B1 ユーザ端末に接続されたアクセスポイントが該ユーザ端末に割り当てた前記アクセスポイントのIPアドレス、およびIPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベースを用いて、
1B2 前記ユーザ端末に割り当てられたIPアドレスを所有するアクセスポイントが属する地域を判別する第1の判別ステップと、
1C 前記判別された地域に基づいて、該地域に対応したウェブ情報を選択する第1の選択ステップと、
1D 前記選択されたウェブ情報を、前記IPアドレスが割り当てられたユーザ端末に送信する送信ステップと、
1E を有したことを特徴とするウェブ情報提供方法。
[被告の行為]
ア 地域ターゲティング広告
・「Yahoo! JAPAN」や、他の提携ウェブサイトにおいて、広告を表示するサービス「Yahoo!プロモーション広告」
イ 天気予報
被告は、被告ウェブサイトのトップページ等において、ウェブページ閲覧ユーザの発信地域に応じた天気予報の情報を掲出
ウ 被告の地域ターゲティング広告及び天気予報をユーザのパーソナルコンピュータに提供する装置
 ア、イ、ウにおいて、少なくともISP(インターネットサービスプロバイダ)のサーバがユーザPC等に割り当てたIPアドレスを用いて、被告ウェブサーバにアクセスしてきたユーザの地域を判別し、判別した地域に基づいて当該地域に対応した地域ターゲティング広告又は天気予報を選択して、地域によって異なる地域ターゲティング広告又は天気予報をユーザPC等に送信するという作用により、同一URLにおいてもユーザの発信地域ごとに異なる広告又は天気予報を送信することができる。
[争点](ここでは、争点1、争点2-1のみを紹介)
(1)被告方法等が「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベース」を用いて、「IPアドレスを所有するアクセスポイントが属する地域を判別」しているか否か(争点1)
(2)本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点2)
 ア 甲14の1文献に基づく新規性又は進歩性の欠如(争点2-1)
 イ サポート要件違反、実施可能要件違反又は補正要件違反(争点2-2)
 ウ 明確性要件違反(争点2-3)
(3)原告の損害額(損失額)(争点3)
[裁判所の判断]
『2 争点1(被告方法等が「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベース」を用いて、「IPアドレスを所有するアクセスポイントが属する地域を判別」しているか否か)について
(1)構成要件1B1等及び1B2等の「アクセスポイントに対応する地域」等の意義
・・・(略)・・・
 ここにいう「アクセスポイントに対応する地域」等の意義について、原告は、「IPアドレスを割り当てるISPが利用している物理的回線網の敷設範囲に相当する地域」をいうと主張するのに対し、被告は、これは「アクセスポイントの設置場所」を意味すると主張する。
イ そこで、この点について検討するに、特許請求の範囲の請求項1及び6の記載によれば、アクセスポイントとは、そこに接続されたユーザ端末に、所有するIPアドレスを割り当てるものと解すべきところ(構成要件1B1等及び1B2等)、本件明細書等には、従来の技術として、「・・・(略)・・・」(段落【0005】)と記載され、上記各段落と同様の記載は、本件各発明の実施例に関する段落【0027】及び【0028】にもあることからすると、本件各発明における「アクセスポイント」は、複数のIPアドレスを所持し、そのうちの一つを接続され認証されたユーザ端末に対して割り当てる装置であると認められる。
 その上で、本件明細書等の【図1】には、「アクセスポイント」が東京、大宮、福岡といった地域ごとに存在し、各アクセスポイントにはそれが存在する地域と同じ地域に所在するユーザ端末が接続されることが示されており、また、「IPアドレスと地域とが一対一に対応した例としてのデータベース」(段落【0034】)の例として示されている【図5】には、個別のIPアドレスに北海道札幌市、埼玉県大宮市、同県川口市、福岡県福岡市のうちの一つの地域がそれぞれ対応し、このうち、「202.224.36.35」~「202.224.36.37」までの連続した三つのIPアドレスはいずれも対応する地域が同一の県(埼玉県)であることが示されている。
 以上によれば、本件各発明は、①各地域に存在するアクセスポイントが一定の地域範囲をカバーすること、②当該アクセスポイントは一定の範囲の連続するIPアドレスを所持していること、③アクセスポイントに接続するユーザ端末は、同端末が存在する地域と同一地域内にあるアクセスポイントに接続することが一般的であること、④アクセスポイントは、接続されたユーザ端末に、所有するIPアドレスを一つ割り当てることを前提とした上で、これらを踏まえるとIPアドレスと「アクセスポイントに対応する地域」等を対応付けることが可能となることに着目し、「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベース」を用いて、ユーザの発信地域を判別する(段落【0045】)ものであると認められる
 そうすると、構成要件1B1等にいう「アクセスポイントに対応する地域」等とは、「IPアドレスを割り当てるアクセスポイントが利用している物理的回線網等の敷設範囲に相当する地域」を意味するものと解される。』
『(ア) 被告は、本件特許出願日当時の技術常識に基づけば、本件各発明はダイヤルアップ接続を前提とするものであるところダイヤルアップ接続するユーザは、料金の多寡や繋ぎやすさを考慮して、遠隔地のアクセスポイントに接続するような場合も相当数に上るため、「アクセスポイントに対応する地域」等をアクセスポイントに接続するユーザのいる地域と解することはできないと主張する。
 しかし、・・・(略)・・・また、「知っておきたいソフトウエア特許活用事例」と題する文献(甲3・7頁)にも、「ダイヤルアップ時代も今も、ほとんどのユーザは自宅と同じ市内にある(又はそれに準じる近所にある)アクセスポイントを経由するのが普通である」との記載が存在する。これによれば、ダイヤルアップ接続の場合においても、ユーザは、ユーザ端末の所在地の最寄りのアクセスポイントにアクセスすることが通常であると認められる。』
『(イ) 被告は、本件特許出願日当時の接続方法はダイヤルアップ接続であり、原告のいうNTT東西の「地域IP網」が現れたのはその後であるから、原告の解釈は本件特許出願後の技術を本件特許の構成要件の解釈に読み込もうとするものであると主張する。
 しかし、本件特許出願日当時におけるダイヤルアップ接続であろうと、NTT東西の設立後のIP網等であろうと、ユーザ端末が同端末の存在する地域と同一地域内にあるアクセスポイントに接続し、当該アクセスポイントがその所持する一定の範囲のIPアドレスの一つを割り当てるという前提は同一であり、これにより、いずれの方式によっても、IPアドレスと「アクセスポイントに対応する地域」等とを対応付けることが可能となるのであるから、ダイヤルアップ接続であろうが常時接続であろうが変わることなく本件各発明の技術思想は当てはまるというべきである。したがって、本件特許の出願日後に設置されたNTT東西の「地域IP網」等を利用した装置又は方法が本件各発明の技術的範囲に入らないとの被告の上記主張は理由がない。』
『(3) 被告方法等の構成1b1’等及び2b1’等の構成要件充足性
イ 被告は、被告方法等について、●省略●IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが一対一で対応するデータベースを用いてアクセスポイントに対応する地域等を判別するものではないので、構成要件1B1等及び1B2等を充足しないと主張する。
 しかし、前記のとおり、被告は、●省略●が認められる。IPアドレスは、郵便番号や電話番号の市外局番と異なり、その番号自体が地域と直接示すものではないことに照らすと、●省略●IPアドレスと「アクセスポイントに対応する地域」等とを対応付けることが可能であり、更に、ユーザ端末は、同端末が存在する地域と同一地域内にあるアクセスポイントに接続することが一般的であることから、アクセスポイントに対応する地域からユーザの発信地域を推定することが可能となるという本件各発明と同様の技術思想を利用しているからであると推認するのが相当である。』
『3 争点2-1(甲14の1文献に基づく新規性又は進歩性の欠如)について
・・・(略)・・・
(ア) 本件発明1は、「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベース」を用いて、前記ユーザ端末に割り当てられた「IPアドレスを所有するアクセスポイントが属する地域」を判別するものである。
 これに対し、甲14の1発明は、ドメイン名の接尾語が国名の略記号であることや、whoisデータベースが、ドメイン、ホスト、ネットワーク、郵便アドレスその他のインターネット管理者に関する情報を含んでいることに着目し、IPアドレスをドメイン登録者の住所等の緯度及び経度と関連付けるものであり、甲14の1文献には「アクセスポイント」という用語すら用いられておらず、「IPアドレス」と「アクセスポイントに対応する地域」を対応付けるとの技術思想も現れていない
 また、本件発明1と甲14の1発明は、本件発明1において判別されるのが一定の広がりを持った「地域」であるのに対し、甲14の1発明の「地理的位置」が緯度及び経度により特定される一地点を指すものと解される点においても異なっている。
 そうすると、本件発明1の上記データベースと、甲14の1発明の「IPアドレスと地理的位置とが対応したIPアドレス対地理的位置データベース」とは実質的に相違するというべきである。』
『(ア) 上記アによれば、乙1文献には、現実世界のエンティティ(人、自動車、家など)をインターネット上で識別するため、エージェントを介して、GPS位置情報等を使用するなどしてエンティティの地理的位置情報を収集し、これをデータベースに登録することにより、インターネット上の識別子であるIPアドレスとエンティティの地理的位置情報と対応付けるシステムが開示されているものと認められるが、同文献には、「アクセスポイントに対応する地域」等をIPアドレスと対応付けることや、「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベース」を作成することによりエンティティの位置を判別することについては、開示も示唆もされていない
・・・(略)・・・
 しかし、乙1発明における地理的位置情報は、GPSを使用するなどしてエンティティの位置を直接特定するものであって、本件各発明のように、一定の範囲をカバーするアクセスポイントが一塊の連続するIPアドレスを所持していることに着想し、IPアドレスと「アクセスポイントに対応する地域」等を対応付けることにより地域を判別するものではないので、乙1文献に「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベース」の発明が開示されているということはできない。』
[コメント]
 充足論について、アクセスポイントのIPアドレスとそれに対応する地域とが対応したデータベースを用いるので、比較的広い範囲の権利が押さえられていると考える。ネットワークのOSI参照モデルでいえば、第3層のネットワークのIPと地域が紐づいていれば権利範囲内となると考えられる。OSI参照モデルは、異機種間での通信を実現するためのネットワークの設計方針であり、上位層が合致すれば、通信が実現可能となる。一方、被告の主張は、OSI参照モデルでいえば、第1層(物理層)又は第2層(データリンク層)が異なるので、権利範囲外と主張しているように見受けられるが、第3層が共通していれば通信が成立するために、理由がないと考えられる。
 無効論について、甲14の1は、ドメイン名(国)とIPアドレスと管理者の住所の対応付けを開示し、乙1は、IPアドレスとGPSによる経度緯度情報の対応付けを開示するのみで、本件発明の特徴が開示されていると判断するのは、難しいと考える。
 よって、充足論及び無効論について、裁判所の判断は妥当と考える。
 なお、本判決の一カ月後に第2回目の無効審判が請求されており、継続中である。

以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

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