IP case studies判例研究
侵害訴訟等
令和3年(ネ)第10007号「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」事件
名称:「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」事件
特許権侵害差止請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和3年(ネ)第10007号 判決日:令和3年11月16日
判決:原判決取消
特許法70条
キーワード:限定解釈、文言侵害
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/700/090700_hanrei.pdf
[概要]
本件各訂正発明の「室」を解釈するに当たり、原判決は、その解釈に「連通可能」を含めたものの、本判決は「連通可能」を含めず、その結果、被控訴人らによる被控訴人製品の生産、譲渡及び譲渡の申出が間接侵害行為に当たるとされ、原判決が取り消された事例。
[特許請求の範囲]
[本件訂正発明1]
1A 外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器において、
1B その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され、
1C 他の室に・・・(略)・・・微量金属元素収容容器が収納されており、
・・・(略)・・・
1G ・・・(略)・・・、輸液製剤。
[本件訂正発明10]
10A 複室輸液製剤の輸液容器において、
10B 含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と
10C 別室に・・・(略)・・・微量金属元素収容容器を収納し、
・・・(略)・・・
10G ・・・(略)・・・、保存安定化方法。
[主な争点]
被控訴人製品の小室Tの部分は本件各訂正発明に係る構成要件1A及び2Aの「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室」の構成を備えるか(争点1)
被控訴人製品又は被控訴人方法は本件各訂正発明に係る構成要件1C及び2Cの「室に・・・微量金属元素収容容器が収納」されている構成又は構成要件10C及び11Cの「室に・・・微量金属元素収納容器を収納」している構成を備えるか(争点2)
被控訴人方法は本件各訂正発明に係る構成要件10A及び11Aの「複室輸液製剤」の構成を備えるか(争点4)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 争点(1)について
ア 「複数の室」について
(ア) 「室」という語は、一般的には、「へや」すなわち「物を入れる所」などを意味する語であるところ(甲27)、構成要件1A及び2Aの文言のほか、前記2(2)の本件各訂正発明の概要及び前記(1)の本件各訂正発明の課題を踏まえると、構成要件1A及び2Aの「複数の室を有する輸液容器」の要件は、複数の輸液を混合するのに用いられる従来技術であるそのような輸液容器を用いる輸液製剤であることを示すことによって、本件訂正発明1及び2の対象となる範囲を明らかにするものである。本件各訂正発明の課題は、・・・(略)・・・輸液製剤を提供することにあるから、本件各訂正発明における「室」の意義の解釈に当たっては、上記の一般的な意義のほか、輸液容器における「室」の意義も考慮するのが相当である。
そこで検討すると、本件特許の出願当時には、・・・(略)・・・「室」という語は、基本的に、輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間であって、輸液を他の輸液と分離して収容しておくために仕切られた相対的に大きな空間を指すものとして用いられ、「容器」や「袋」の付加の有無にかかわらず、そのような「室」が複数あるものが「複室輸液容器」などと呼ばれていたことがうかがわれる(・・・(略)・・・)。
そして、上記のような「室」の理解は、本件明細書の記載とも整合的である。
(イ) 上記(ア)の点を踏まえると、構成要件1A及び2Aにいう「室」についても、輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間であって、輸液を他の輸液と分離して収容しておくための仕切られた相対的に大きな空間をいうものと解するのが相当である。
・・・(略)・・・
ウ 被控訴人製品について
(ア) 「室」について
a 先に引用した原判決の「事実及び理由」中の第2の1(7)ア及び弁論の全趣旨によると、被控訴人製品に係る輸液容器について、その構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間は、大室及び中室を直接構成するとともに小室T及び小室Vの外側を構成する一連の部材によって構成される空間であるといえる。
b もっとも、小室Tに関しては、外側の樹脂フィルムによって構成される空間が、上記のとおり輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間である一方で、連通時にも、内側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件袋)にのみ輸液が通じることとされており、小室Tの外側の樹脂フィルムによって構成される空間に輸液が直接触れることがない。そのため、小室Tの外側の樹脂フィルムによって構成される空間が、前記の「室」の理解のうち、輸液を他の輸液と分離して収容しておくための仕切られた相対的に大きな空間に当たるかどうかが問題となり得る。
しかし、輸液容器全体の構成を踏まえると、被控訴人製品における小室Tは、外側の樹脂フィルムによって構成される空間の中に、内側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件袋)を内包するという二重の構造になっているにすぎず、輸液を他の輸液と分離して収容しておくための空間としての構成において、外側の樹脂フィルムと内側の樹脂フィルムとの間に機能の優劣等があるとはみられない。この点、・・・(略)・・・輸液同士の混合という点では専ら小室Tの内側の樹脂フィルムの接着部分が意味を持つとしても、隣接する中室内の輸液からの分離という観点からは、外側の樹脂フィルムにも重要な意義があることは明らかである。
そして、内側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件袋)は、被控訴人製品に係る輸液容器において基礎となる一連の部材とは別の部材により構成され、上記基礎となる一連の部材に構成を追加する部分である(・・・(略)・・・)。
以上の諸点を踏まえると、小室Tについても、被控訴人製品に係る輸液容器の構成の中で基礎となる一連の部材である外側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件小室T)をもって、「室」に当たるとみるのが相当である。
・・・(略)・・・
(イ) 「連通可能」について
a 前記(ア)のとおり、「室」については理解すべきものであるとしても、前記イのとおり、構成要件1A及び2Aにおいては、「室」が「連通可能」であることが要件とされているところ、前記(ア)bで既に指摘したとおり、小室Tに関しては、連通時にも、内側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件袋)にのみ輸液が通じることとされており、「室」である外側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件小室T)に輸液が通じることはない。
そうすると、結局、被控訴人製品は、「室」が「連通可能」という要件を充足しないから、構成要件1A及び2Aを充足しないというべきである。
b これに対し、控訴人は、本件小室Tに収納された本件袋に輸液が通じることは、本件小室Tに輸液が通じることといえる旨を主張する。この点、前記(ア)dのとおり、本件小室Tという空間が本件袋という空間を包摂していることは確かに認められるが、そのことと、本件袋との連通をもって本件小室Tとの連通と評価し得るかは、別の問題である。本件訂正発明1及び2に係る請求項1及び2が「室」と「容器」を明確に分けていることや、前記ア(ア)で指摘した「室」と「容器」についての技術的な関係のほか、本件明細書の段落【0020】の「微量金属元素収容容器は、それを収納している室と連通可能であることが望ましい。」という記載は、容器の連通が室の連通とは異なるものとみる見方に沿うものであることからすると、控訴人の上記主張を採用することはできない。
(3) 争点(4)について
構成要件10A及び11Aの「複室輸液製剤」にいう「室」についても、前記(2)アと同様に解するのが相当である。
そして、構成要件1A及び2Aと異なり、構成要件10A及び11Aについては、「室」が「連通可能」であることは要件とされていない。
したがって、先に引用した原判決の「事実及び理由」中の第2の1(7)イ及び弁論の全趣旨により、被控訴人方法は、構成要件10A及び11Aを充足するというべきである。』
[コメント]
原判決は侵害を一切認めなかったの対して、本判決は、侵害(具体的には間接侵害)を認めた。
原判決の結論と、本判決の結論とが異なるものになったのは、端的に言うと、原判決が、本件各訂正発明の「室」を解釈するに当たり、その解釈に「連通可能」を含めたのに対して、本判決は「連通可能」を含めなかったからである。これについて説明する。原判決は、本件訂正発明10を含めた本件各発明について、課題解決の点から「室」が「連通可能」であることを前提としていると解釈した(平成30年(ワ)第29802号の39~40頁参照)。そのうえで、『小室Tの外側の樹脂フィルムと内側の樹脂フィルムとの間の空間は、使用時に中室及び小室Vと連通するものではなく、・・・(略)・・・同空間が「室」に当たるということはできない。』と判断し、被告製品及び被告方法が構成要件1C及び10Cの「室に・・・微量金属元素収容容器が収納」されている構成を具備しないと判断した(平成30年(ワ)第29802号の41頁参照)。いっぽう、本判決は、「室」とは、『輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間であって、輸液を他の輸液と分離して収容しておくための仕切られた相対的に大きな空間をいうものと解する』と解釈し、原判決のように、「連通可能」をその解釈に含めなかった。そのうえで、小室Tが、この解釈の下で「室」に当たり、小室Tに、内側の樹脂フィルムによって構成される本件袋が収納されていることをもって、被控訴人方法が、構成要件10Cを充足すると判断した。
原判決の解釈も、本判決の解釈も筋が通っていると感じるため、侵害有無の結論はどちらに転んでもおかしくなかったと感じる。ただ、本件訂正発明1では「連通可能」が特定されているのに対して、本件訂正発明10では特定されていないこと、これに加えて、本件各訂正発明の課題が「微量金属元素が安定に存在していることを特徴とする含硫化合物を含む溶液を有する輸液製剤を提供する」(段落0005)に過ぎないこと、つまり、安定性の改善に過ぎないことを踏まえると、どちらかと言うと本判決に、より強い納得感を覚える。
以上
(担当弁理士:森本 宜延)
令和3年(ネ)第10007号「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」事件
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