IP case studies判例研究

令和4年(ネ)第10039号「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」事件

名称:「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」事件
特許権侵害差止請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和4年(ネ)第10039号 判決日:令和4年8月8日
(原審 東京地方裁判所令和2年(ワ)第19919号)
判決:請求棄却
特許法70条第1項
キーワード:用途発明、均等論
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/368/091368_hanrei.pdf

[概要]
医薬分野の用途発明に関し、無効理由がないと判断された請求項3と4は、鎮痛剤としての用途の差異により文言侵害が成立せず、当該用途の置換が本質的部分の置換(均等論の第1要件)に当たると判断されて、均等侵害も認められず、非侵害と判断された事例。

[特許請求の範囲]
[本件発明3](訂正後)(下線は訂正部分)
(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸または3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸を含有する、炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛みの処置における鎮痛剤。
[本件発明4](訂正後)
式I

(式中、R1は炭素原子1〜6個の直鎖状または分枝状アルキルであり、R2は水素またはメチルであり、R3は水素、メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩、ジアステレオマー、もしくはエナンチオマーを含有する、炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。

[争点]
(1) 本件発明1及び2について
ア 無効の抗弁
(ア) 実施可能要件違反の成否(争点1-1)
(イ) サポート要件違反の成否(争点1-2)
イ 訂正の再抗弁
(ア) 本件訂正が訂正要件を満たすか(争点1-3)
(イ) 本件訂正により無効理由が解消されるか(争点1-4)
ウ 延長登録された本件発明1及び2に係る本件特許権の効力が被告医薬品の製造等に及ぶか(争点1-5)
(2) 本件発明3及び4について
ア 被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか
(ア) 文言侵害の成否(争点2-1)
(イ) 均等侵害の成否(争点2-2)
イ 延長登録された本件発明3及び4に係る本件特許権の効力が被告医薬品の製造等に及ぶか(争点2-3)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1 争点1-1~争点1-4について
『d 以上のとおり、本件明細書には、神経障害性疼痛及び線維筋痛症による痛みと炎症性疼痛とは、それぞれ別の痛みと分類されているところ、試験結果は、炎症性疼痛及び術後疼痛に関するものが開示されているのみで、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに関するものは開示されていない』
『本件発明1及び2が解決しようとする課題は、本件明細書記載の神経障害性疼痛や心因性疼痛を含む様々な痛みの処置に有効な鎮痛剤を提供することになることは、引用に係る原判決の第4の2(2)のとおりであるところ、本件明細書には、本件化合物が神経障害性疼痛及び線維筋痛症による痛みに対して鎮痛効果を奏するものと当業者が認識することができないことは前記イのとおりであるから、仮に、痛みが原因により侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛に分類され、炎症性疼痛や術後疼痛が侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、本件発明1及び2は、本件明細書等の発明の詳細な説明に記載された発明であるとは認められない。』
『以上のとおりであるから、いずれにしても、本件発明1及び2は、実施可能要件及びサポート要件を満たさず、本件訂正は訂正要件を具備するものではないから、無効とされるべきものであり、控訴人の主張は採用し得ない。』

2 争点2-1(文言侵害の成否)について
『そうすると、前記(ア)で説示するとおり、神経障害又は線維筋痛症から生じる「痛み」は、本件発明3の技術的範囲に含まれないものというべきである。
このような解釈は、本件訂正の経緯にも整合する。すなわち、控訴人が本件訂正に当たって特許庁に提出した上申書(甲18)には、「訂正発明3及び4において、鎮痛剤の処置対象である痛みを、審決の予告において実施可能要件及びサポート要件を満たすと判断された『炎症を原因とする痛み(炎症性疼痛)』及び『手術を原因とする痛み(術後疼痛)』に限定した。」と記載されている。』
『イ 被告医薬品の充足性について
引用に係る原判決第2の2(5)よれば、被告医薬品は「効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛」とするものであるから、前記アで説示したところからすると、被告医薬品は、本件発明3及び4の技術的範囲に属さないものと認められる。』
『ウ 控訴人の主張について
・・・(略)・・・被告医薬品の添付文書(甲13)に記載された効能又は効果は、「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」であり、これら疼痛を侵害受容性疼痛に分類されるものに限定するか否かにかかわらず、その用途は、前記アにおいて説示したとおり、本件発明3及び4の用途である「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」とは異なるものである。また、仮に、患者の主観において、どの痛みがどの原因によって発症しているかを区別することができず、「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」の痛みと神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛が混在して発症し得るとしても、それぞれは別の原因から生じた痛みであって治療の対象も異にするのであるし、前示のとおり、被告医薬品の添付文書の「効能・効果」欄には「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」のみが記載され、「用法・用量」欄もこれを前提としており、炎症や手術を原因とする痛みに対して用いられることは記載されておらず(甲13)、被控訴人において、炎症や手術を原因とする痛みや「混合性疼痛」の治療に用いられることを意図して被告医薬品を製造販売しているものと認めるに足りる証拠もない。そして、被告医薬品が混合性疼痛の患者に対して処方される場合があったとしても、その場合に対象となっている痛みは、あくまでも神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛に対するものであって、併存している「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」に対するものとはいえない。したがって、被告医薬品が本件発明3及び4の構成要件3B及び4Bを充足することにはならない。』

3 争点2-2(被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否))について
『本件発明3及び4の本質的部分は、従来の麻薬性鎮痛剤又は非ステロイド性抗炎症薬では十分に処置されなかった慢性の疼痛性障害のうち、本件発明3については「炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み」を、本件発明4については「炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛み」を、本件化合物で処置することであると認められる。なお、これらの痛みは、侵害受容性疼痛という概念を用いるか否かにかかわらず、炎症性疼痛又は術後疼痛を意味し、神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛とは異なる概念であることは前記アのとおりである。
そうすると、本件発明3及び4が処置対象とする上記痛みを、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛に置換することは、本件発明3及び4の本質的部分を置換することに当たるものであり、このような置換は、均等の第1要件を満たさない。
以上のとおりであるから、いずれにしても、その他の点について検討するまでもなく、被告医薬品が本件発明3及び4に係る本件特許権を均等侵害するとはいえず、控訴人の主張は採用し得ない。』

[コメント]
原審で控訴人は、「本件特許に係る発明は、てんかん、ハンチントン舞踏病等の中枢性神経系疾患に対する抗発作療法等に有用な薬物である本件化合物が、痛みの治療における鎮痛作用及び抗痛覚過敏作用を有し、反復使用により耐性を生じず、モルヒネと交叉耐性がないことに着目した医薬用途発明である」と主張しており、本件特許発明は第2医薬用途の発明であるといえる。このように用途が異なることから、登録時の請求項3では、痛みの種類まで特定されていなかった。
しかし、無効審判事件において、鎮痛剤の対象となる痛みには、幾つかのタイプがあることが技術常識であると認定され、そのうちの一部のみしか実施例が存在しなかったため、実施可能要件及びサポート要件を満たさないと判断された。このため、訂正によって、痛みの種類を特定することで、請求項3と4に係る本件特許の有効性が生じたという経緯がある。
被告製品は、訂正で包含されなくなった用途を想定して販売されていたため、知財高裁(原審も同じ)は、鎮痛剤としての用途の差異により文言侵害が成立しないと判断した。均等侵害についても、当該用途の差異が本質的部分の置換(均等論の第1要件)に当たると判断されて、認められなかった。なお、このような経緯から、原審では均等論の第5要件も満たさないと判断されている。
関連訴訟が幾つか存在する複雑な一連の案件であるが、本件判決については、実施可能要件及びサポート要件の判断、並びに文言侵害および均等侵害の判断は妥当であるといえる。用途発明について、用途に幾つかのタイプがある場合に、サポート要件等が問題となり易く、いずれのタイプについても当業者が課題を解決できると認識できるように記載(医薬の場合には実施可能要件として、薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項の記載が必要)することが重要であることを示した判決であるといえる。
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)

令和4年(ネ)第10039号「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」事件

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