IP case studies判例研究

平成30年(ネ)第10077号「表示装置、コメント表示方法、及びプログラム」事件

名称:「表示装置、コメント表示方法、及びプログラム」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成30年(ネ)第10077号 判決日:令和4年7月20日
判決:原判決変更
特許法2条3項1号
キーワード:特許発明の実施、電気通信回線を通じた提供
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/418/091418_hanrei.pdf

[概要]
 被控訴人ら各プログラムは、米国内に存在するサーバから日本国内に所在するユーザに向けて配信されるものであり、特許発明の実施行為につき、全ての要素が日本国の領域内で完結するものではないが、本件配信を実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当であるため、日本国特許法2条3項1号にいう、「電気通信回線を通じた提供」に該当するとして、控訴人のプログラムに係る特許発明について被控訴人らの特許権侵害を認めた事例。

[特許請求の範囲]
 本事件では、特許第4734471号と特許第4695583号の二件の特許権を対象としているが、本稿では、特許第4734471号の請求項1、9のみを記載する。
【請求項1】
1-1A 動画を再生するとともに、前記動画上にコメントを表示する表示装置であって、
1-1B 前記コメントと、当該コメントが付与された時点における、動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部と、
1-1C 前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生部と、
1-1D 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントを前記コメント情報記憶部から読み出し、当該読み出されたコメントを、前記コメントを表示する領域である第2の表示欄に表示するコメント表示部と、を有し、
1-1E 前記第2の表示欄のうち、一部の領域が前記第1の表示欄の少なくとも一部と重なっており、他の領域が前記第1の表示欄の外側にあり、
1-1F 前記コメント表示部は、前記読み出したコメントの少なくとも一部を、前記第2の表示欄のうち、前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示する
1-1G ことを特徴とする表示装置。
【請求項9】
1-9A 動画を再生するとともに、前記動画上にコメントを表示する表示装置のコンピュータを、
1-9B 前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生手段、
1-9C コメントと、当該コメントが付与された時点における、動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部に記憶された情報を参照し、
1-9D 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントをコメント情報記憶部から読み出し、
1-9E 当該読み出されたコメントの一部を、前記コメントを表示する領域であって一部の領域が前記第1の表示欄の少なくとも一部と重なっており他の領域が前記第1の表示欄の外側にある第2の表示欄のうち、前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示するコメント表示手段、
1-9F として機能させるプログラム。

[主な争点]
 被控訴人の行為は不法行為を構成するかについて(争点4、5)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(4) 被控訴人らの不法行為
ア 被控訴人ら各プログラムの電気通信回線を通じた提供
(ア)前記(1)及び(2)のとおり、被控訴人らは、共同して日本国内に所在するユーザに対し、被控訴人ら各プログラム(令和2年9月25日以降は被控訴人らプログラム1。以下同じ。)を配信している。
(イ)a この点に関し、証拠(乙107、乙108の1ないし4、乙109の1ないし3、乙110、乙111の1ないし5、乙112の1ないし3、乙113)及び弁論の全趣旨によると、被控訴人ら各プログラムは、米国内に存在するサーバから日本国内に所在するユーザに向けて配信されるものと認められるから(以下、被控訴人ら各プログラムを日本国内に所在するユーザに向けて配信することを「本件配信」という。)、被控訴人ら各プログラムに係る電気通信回線を通じた提供(以下、単に「提供」という。)は、その一部が日本国外において行われるものである。そこで、本件においては、本件配信が準拠法である日本国特許法にいう「提供」に該当するか否かが問題となる。
 b 我が国は、特許権について、いわゆる属地主義の原則を採用しており、これによれば、日本国の特許権は、日本国の領域内においてのみ効力を有するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、前掲最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決参照)。そして、本件配信を形式的かつ分析的にみれば、被控訴人ら各プログラムが米国の領域内にある電気通信回線(被控訴人ら各プログラムが格納されているサーバを含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内にある電気通信回線(ユーザが使用する端末装置を含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内でも米国の領域内でもない地にある電気通信回線上を伝送される場合等を観念することができ、本件通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることは否めない。
 しかしながら、本件発明1-9及び10のようにネットワークを通じて送信され得る発明につき特許権侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施しようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは著しく正義に反するというべきである。他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。
 したがって、問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。
 c これを本件についてみると、本件配信は、日本国の領域内に所在するユーザが被控訴人ら各サービスに係るウェブサイトにアクセスすることにより開始され、完結されるものであって(甲3ないし5、44、46、47、丙1ないし3)、本件配信につき日本国の領域外で行われる部分と日本国の領域内で行われる部分とを明確かつ容易に区別することは困難であるし、本件配信の制御は、日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであり、また、本件配信は、動画の視聴を欲する日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものである。さらに、本件配信によって初めて、日本国の領域内に所在するユーザは、コメントを付すなどした本件発明1-9及び10に係る動画を視聴することができるのであって、本件配信により得られる本件発明1-9及び10の効果は、日本国の領域内において発現している。これらの事情に照らすと、本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である。
 d 以上によれば、本件配信は、日本国特許法2条3項1号にいう「提供」に該当する。
 なお、これは、以下に検討する被控訴人らのその余の不法行為(形式的にはその一部が日本国の領域外で行われるもの)についても当てはまるものである。
 e ・・・(略)・・・。
(ウ)以上のとおりであるから、被控訴人らは、本件配信をすることにより、被控訴人ら各プログラムの提供をしているといえる(特許法2条3項1号)。
イ 被控訴人ら各プログラムの提供の申出
 被控訴人らは、被控訴人ら各サービス(令和2年9月25日以降は被控訴人らサービス1。以下同じ。)の提供のため、ウェブサイトを設けて多数の動画コンテンツのサムネイル又はリンクを表示しているところ(甲3ないし5)、これは、「提供の申出」に該当する(特許法2条3項1号)。
ウ 被控訴人ら各装置の生産
 被控訴人らは、被控訴人ら各サービスの提供に際し、インターネットを介して日本国内に所在するユーザの端末装置に被控訴人ら各プログラムを配信しており、また、被控訴人ら各プログラムは、ユーザが被控訴人ら各サービスのウェブサイトにアクセスすることにより、ユーザの端末装置にインストールされるものである(前記3(2)イ、被控訴人らが主張する被控訴人ら各サービスの内容)。そうすると、被控訴人らによる本件配信及びユーザによる上記インストールにより、被控訴人ら各装置(令和2年9月25日以降は被控訴人ら装置1。以下同じ。)が生産されるものと認められる。
 そして、被控訴人ら各サービス、被控訴人ら各プログラム及び被控訴人ら各装置の内容並びに弁論の全趣旨に照らすと、被控訴人ら各プログラムは、被控訴人ら各装置の生産にのみ用いられる物であると認めるのが相当であり、また、被控訴人らが業として本件配信を行っていることは明らかであるから、被控訴人らによる本件配信は、特許法101条1号により、本件特許権1を侵害するものとみなされる。

[コメント]
 本判決では、プログラムのようにネットワークを通じて送信され得る特許発明につき、サーバ等の一部の設備が国外にあったとしても、実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価できる場合には、本件配信は、日本国特許法2条3項1号にいう「電気通信回線を通じた提供」に該当し、特許権侵害を構成することを示した。そして、実質的かつ全体的に考察する際の諸事情として、(1)当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、(2)当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、(3)当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、(4)当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているか、の四点を示している。
 特許発明のプログラムの配信サーバを海外に設置するだけで特許侵害を回避できるとなれば、プログラムの発明を適切に保護できないおそれがあることから、本判決の結論は妥当であると感じた。ただし、「電気通信回線を通じた提供」を実質的かつ全体的に考察する際の諸事情として示された上記四点が、他の特許発明においても規範として機能し得るか否かは、今後の判決動向を注視していきたい。
 なお、上述の特許権に関連して、構成要件としてサーバを含むシステムの特許発明(特許第6526304号)について、サーバが国外に存在する場合には生産に該当しないとして非侵害である判断した地裁判決に対する控訴事件が、本稿執筆時点において知財高裁に係属しており(令和4年(ネ)第10046号)、知財高裁は、当該控訴事件につき、第三者意見募集を実施している。(https://www.ip.courts.go.jp/tetuduki/daisanshaiken/index.html 参照)この事件の動向も注視していきたい。

以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

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