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令和2年(ネ)第10024号「椅子式施療装置、椅子式マッサージ機」事件(損害額)

名称:「椅子式施療装置、椅子式マッサージ機」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和2年(ネ)第10024号 判決日:令和4年10月20日
判決:原判決変更
関連条文:特許法102条2項、3項
キーワード:損害額、限界利益、推定覆滅、実施料相当額
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/Re2ne10024-zen.pdf

[概要]
地裁では、被告製品は特許発明A、B、Cの技術的範囲に属さないと判断されたが、特許発明A、Cについて控訴した結果、被告製品のいくつかは、特許発明A、Cに属すると判断され、特許発明Aは無効理由を有すると判断がなされたものの、特許発明Cに無効理由はなく、限界利益額に特許法102条2項の損害額の推定が適用され、さらに限界利益額の覆滅事由について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは同3項の適用を認めた事例。

[本件発明C]
【請求項1】
座部及び背凭れ部を有する椅子本体と、該椅子本体の両側部に肘掛部を有する椅子式マッサージ機において、
前記肘掛部に、内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部と、該前腕挿入開口部から延設して肘掛部の内部に施療者の手部を含む前腕部を挿入保持するための空洞部が設けられ、
前記空洞部は、前記肘掛部の幅方向左右に夫々設けた外側立上り壁及び内側立上り壁と底面部とから形成され、
前記外側立上り壁及び内側立上り壁の上面前端部に空洞部の先端部の上方を塞ぐ形態で手掛け部が設けられており、
前記肘掛部が、
前部に前記底面部と前記外側立上り壁と前記内側立上り壁と前記手掛け部とに囲われ、前記空洞部に位置する施療部と、
後部に前記底面部と前記外側立上り壁によりL型に形成され、前記前腕挿入開口部に位置する施療部とを備え、
それぞれの施療部に膨縮袋が夫々設けられている事を特徴とする椅子式マッサージ機。

[主な争点]
本件特許A関係
争点1-1 被告製品1ないし8の本件発明Aの技術的範囲の属否
争点1-2 本件特許Aに係る無効の抗弁の成否
本件特許C関係
争点2-1 被告製品1及び2の本件発明Cの技術的範囲の属否
争点2-2 本件特許Cに係る無効の抗弁の成否
争点3 被控訴人が賠償又は返還すべき控訴人の損害額等
*以下では、争点3についてのみ言及

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『5 争点3(被控訴人が賠償又は返還すべき控訴人の損害額等)について(本件特許C関係)
・・・(略)・・・
ウ 前記3(4)のとおり、被告製品1及び2は、本件各発明Cの技術的範囲に属するから、被控訴人による被告製品1及び2の輸出又は販売は、本件特許権Cの侵害行為に該当する。
(2)特許法102条2項に基づく損害額について
ア 特許法102条2項の適用の可否について
(ア)・・・(略)・・・特許法102条2項は、特許権者が故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者が受けた損害の額と推定すると規定している。
この規定の趣旨は、特許権者による損害額の立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定し、これにより立証の困難性の軽減を図ったものであり、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許権者がその侵害行為により損害を受けたものとして、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである(知的財産高等裁判所平成25年2月1日特別部判決、知的財産高等裁判所令和元年6月7日特別部判決参照)。そして、同項の規定の趣旨に照らすと、特許権者が、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ輸出又は販売することができたという競合関係にある製品(以下「競合品」という場合がある。)を輸出又は販売していた場合には、当該侵害行為により特許権者の競合品の売上げが減少したものと評価できるから、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと解するのが相当である。また、かかる事情が存在するというためには、特許権者の製品が、特許発明の実施品であることや、特許発明と同様の作用効果を奏することを必ずしも必要とするものではないと解すべきである。
(イ)a これを本件についてみると、・・・(略)・・・②控訴人製品1は、「肘掛部に施療者の前腕部をマッサージする前腕部施療機構を備えた椅子式マッサージ機」である点において、被告製品1と需要者を共通にする同種の製品であって、施療者の前腕部をマッサージできるという機能が共通することに鑑みると、控訴人製品1は、上記共通の仕向国の各市場において、被告製品1が輸出されなければ輸出することができたという競合関係にある製品(競合品)であることが認められるから、控訴人製品1について、控訴人に、被控訴人による本件特許権Cの侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと認められる。
したがって、被告製品1の輸出に係る控訴人の損害額の算定に関しては、特許法102条2項が適用される。
・・・(略)・・・
イ 被控訴人の利益(限界利益)
・・・(略)・・・
(b) 以上によれば、被告製品1については、別紙17記載2(2)のとおり、・・・(略)・・・被告製品1の製造、輸出に直接関連して追加的に必要となった経費に当たるものと認められる。
・・・(略)・・・
(ウ) まとめ
以上によれば、被控訴人が被告製品1の輸出により得た限界利益額は、●●●●●●●●●●●●円であり、この限界利益額は、特許法102条2項により、控訴人が受けた損害額と推定される(以下、この推定を「本件推定」という。)。一方、被控訴人が被告製品2の販売により得た限界利益額は、ゼロであるから、同項の推定は及ばない
ウ 推定の覆滅について
(ア) 被控訴人は、①特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること、②市場における競合品の存在、③市場の非同一性、④被控訴人の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、⑤被告製品1の性能(機能、デザイン等本件各発明C以外の特徴)は、本件推定の覆滅事由に該当する旨主張するので、以下において判断する。
a 特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること
・・・(略)・・・
以上を総合すると、本件各発明Cの技術的意義は高いとはいえず、被告製品1の購買動機の形成に対する本件各発明Cの寄与は限定的であるというべきであるから、被控訴人が被告製品1の輸出により得た限界利益額(前記イ)には、本件各発明Cが寄与していない部分を含むものと認められる。
したがって、本件各発明Cが被告製品1の部分のみに実施されていることは、本件推定の覆滅事由に該当するものと認められる。
・・・(略)・・・
c 市場の非同一性
・・・(略)・・・
以上によれば、平成26年5月から令和3年3月までの間に輸出された被告製品1のうち、控訴人製品1が輸出されていない仕向国への輸出分(合計●●●●台)があることは、本件推定の覆滅事由に該当するものと認められる。
・・・(略)・・・
(イ) 以上のとおり、本件各発明Cは、椅子式マッサージ機の構造のうち、・・・(略)・・・「腕ユニット」(肘掛部)及びアームレスト(手掛け部)に係る部分のみに実施されていること、・・・(略)・・・控訴人製品1が輸出されていない仕向国への輸出分(合計●●●●台)があること(市場の非同一性)は、本件推定の覆滅事由に該当すること、・・・(略)・・・を総合考慮すると、被告製品1の購買動機の形成に対する本件各発明Cの寄与割合は1割と認めるのが相当であり、上記寄与割合を超える部分については、被告製品1の限界利益額と控訴人の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。
したがって、本件推定は、上記限度で覆滅されるものと認められるから、特許法102条2項に基づく控訴人の損害額は、別紙17記載3の「推定覆滅後の額」欄記載のとおり、被告製品1の限界利益額の1割に相当する合計●●●●●●●●●●●円と認められる。
エ 推定覆滅部分に係る特許法102条3項に基づく損害額(予備的主張)について
(ア)・・・(略)・・・特許法102条3項は、特許権者が、侵害者に対し、自ら特許発明を実施しているか否か又はその実施の能力にかかわりなく、特許発明の実施料相当額を自己が受けた損害の額の最低限度としてその賠償を請求できることを規定したものであり、同項の損害額は、実施許諾の機会(ライセンスの機会。以下同じ。)の喪失による最低限度の保障としての得べかりし利益に相当するものと解される。
一方で、特許法102条2項の侵害者の侵害行為による「利益」の額(限界利益額)は、侵害品の価格に販売等の数量を乗じた売上高から経費を控除して算定されることに照らすと、同項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものと解される。特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。
そうすると、特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。
そして、特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。
(イ) これを本件についてみるに、前記ウ認定の本件推定の覆滅事由は、特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること及び市場の非同一性であり、いずれも特許権者の実施の能力を超えることを理由とするものではない。
しかるところ、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、・・・(略)・・・控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすることができない事情があるといえるものの、実施許諾をすることができたものと認められる。
一方で、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、・・・(略)・・・このような本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。
そうすると、本件においては、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、特許法102条3項の適用を認めるのが相当である。

[コメント]
本判決は、特許法102条2項(損害額の推定)の適用において「特許権者において、特許発明を実施していることを要件とするものではない」との判断については、平成24年(ネ)第10015号「ゴミ貯蔵機器」事件の特別部判決を踏襲し、「侵害行為により侵害者が受けた利益の額は限界利益の額である」との判断については、平成30年(ネ)第10063号「二酸化炭素含有粘性組成物」事件の特別部判決を踏襲している。
また、本判決では、限界利益額の推定覆滅部分についても、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは特許法102条3項(実施料相当額)の適用を認め、さらに、実施の能力を超えることを理由とする推定覆滅部分は、実施許諾をすることができたと認められること、一方、販売等をすることができないとする事情の理由については個別的に判断すべきことが示されて、推定覆滅部分における特許法102条3項の適用の基準が示されている。
本判決は、特許法102条2項の適用において、限界利益額の推定覆滅部分に、特許法102条3項がどのように適用することができるのかを示しており、今後の指針になるものと思われる。なお、本判決の「推定覆滅部分における特許法102条3項の適用」に関連する条文として、特許法102条1項第2号(同第1号の譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量に実施料相当額を損害額とすることができる規定)がある。特許法102条1項第2号は、同趣旨の裁判例の後に設けられているので、本判決の「推定覆滅部分における特許法102条3項の適用」に関する法改正が将来的にはあり得るかも知れない。

以上
(担当弁理士:光吉 利之)

令和2年(ネ)第10024号「椅子式施療装置、椅子式マッサージ機」事件(損害額)

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